香川大学 経済学部の西成典久教授に、専攻とされている都市計画を中心にインタビューを行いました。都市計画に関して学びを深めたいと考えている方や、西成典久教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
西成典久教授のプロフィール
専門は都市計画・地域振興。まちづくりの実践家として、地域の潜在的な魅力や活力を生かした地域活性プロジェクトを手掛ける。学生プロジェクト「屋島山上ちょうちんカフェ」にて観光庁長官賞、キャンパス整備にて高松市美しいまちづくり賞(設計者)、中山間地再生として地域の方々と取り組んだ「五郷里づくりの会」が農林水産省中四国農山漁村の宝に選ばれる。出身は東京都中野区、東京工業大学工学部卒、同大学院博士課程修了。地域開発のコンサルタント会社に勤務後、立教大学観光学部講師を経て、香川大学に着任。著書(共著)に『初めて学ぶ都市計画』『日本の都市づくり』『都市計画家・石川栄耀』(日本都市計画学会石川奨励賞)他。香川県高松市街地プロムナード化検討委員、高松市中央公園空間デザインアドバイザー、丸亀市まちづくり政策アドバイザーNPO高松城を復元する市民の会相談役、日本都市計画学会中四国支部幹事、四国厚生支局参与など。G7香川・高松都市大臣会合学生サミットコーディネーター。NHKブラタモリ「高松〜巨大な海城は町をどう発展させた?〜」案内人
1. ご経歴と専攻分野
私の専門は「都市計画」ですが、伝える相手によって「まちづくり」としたり、「地域振興」「景観デザイン」と表現したりすることがあります。こうした状況は少なくとも私だけでなく、私と同じような分野融合の専門領域にいる研究者は同じような思いを抱えていると思います。
最も広くいえば「持続可能な地域づくり」がバッチリ私の興味関心に当てはまりますが、それは対象としている社会課題であって、解決のためのアプローチは自然科学、人文社会科学など、極めて広い学問領域にまたがっています。ここで大事だと私が考えているのが、「持続可能な地域づくり」に向けて、各学問領域に分けて専門性を深堀する「専門知」だけでなく、1つの専門領域に根差しながらも、社会課題の解決に向けて学問領域を融合させる「教養知」が必要だと考えています。
結果的に、私自身は自分の専門領域に閉じる「領域確定的思考」から、専門領域を開いていく「分野横断的思考」に変わっていったと思います。それでも自分の専門は何かと問われれば「都市計画」としますが、果たして自分の伝えたいことが伝わっているかはわかりません。
2. 専攻分野である都市計画を選んだきっかけ
では、私の経歴を紹介しながら、より詳しく自分の専門分野を説明させてください。
最初の大学入学は、東京工業大学の第6類(建築・土木系)に入学しました。ここは正直深く考えておらず、直観で選びましたが、理系でもより社会に近い分野に関心を持ったのだと思います。なお、大学選びでいうと、東京大学は入学後に希望する専攻の振り分けがあるため、私は入試の時点である程度は専攻分野を絞っておきたいと思い、東工大に魅力を感じました。
さて、その後、2年生のときに学科選択となり、当時は建築、土木、社会工学が選択肢にありました。だいたい建築系に入学した学生は、一度は建築家になることを考えたと思います。私もその一人でしたが、いろいろ調べているときに「都市計画」という分野に面白味を感じ、その分野が学べる社会工学を選択しました。
振り返ると、このときに社会工学を選んでいなければ、確実に今の私はここにいないと思います。この社会工学は、理系と文系の垣根を超えて、専門性を融合させることで社会課題を解決する、という理念のもとに、1960年代という日本の大学の中では早い時期に総合性を標榜してつくられた学科です。なので、カリキュラムとしても製図やデザインの授業もあれば、社会学や経済学の授業もある、様々な分野を学ぶことができる学科でした。
しかし、実際に学生として経験してみると、この総合性という学びはいい点も確かにありますが、むしろ専門性が身に付かないという悪い点も体験しました。そこで、私にとってその専門性を身に付けるための修行の場が「研究室」となりました。文系でいえば「ゼミ」となりますかね。私は当初志望した「都市計画」の研究室にじゃんけんで入れず(笑)、人生が閉ざされたと思っていたところ「景観デザイン」の研究室に拾っていただきました。ここで、景観デザイン研究室(齋藤潮先生)に入っていなければ、おそらく研究者を目指すこともなかったと思います。振り返ればいろいろありますが、とにかく自分にとっては厳しい先生のもとで、多くの書籍とも出会い、多くの学びを得ることができました。結果的に、「景観」を切り口として社会を見る姿勢(専門性)が自分の中に構築されていきました。
大学4年までですでに話が長くなってしまいましたが、「景観」を軸に「都市」や「地域」をみて、課題解決に向けた研究・教育・実践をしていく、という専門性をもとに、博士論文では西欧的な「都市広場」を日本の都市計画に導入しよう試みた内務省の都市計画技師の実像に迫る研究に取り組みました。我々が「都市計画史研究」と呼んでいる専門分野ですが、大学院生のときはこうした学術研究のみならず、例えば別府の海岸整備事業の緑地デザインを提案するといった建設コンサルタントの仕事にも関わらせていただきました。博士課程のときに、こうした学術研究と実践の両方に取り組めたことで、研究のための研究ではなく、常に現実の課題に接点を持とうとする学術研究の捉え方が身に付いたと思っています。
まだまだ話そうと思えば話せますが、私は20代のとき深めていった「都市計画」「景観デザイン」といった専門性をもとに、20代後半から文系分野でも需要の広がりを見せていた「観光」や「まちづくり」といったカリキュラムを担当するキャリアを歩むこととなり、隣接分野である地理学、民俗学、人類学、歴史学、経営学など、自分としては領域を区切るのではなく、積極的に専門の研究者や定評ある書籍を通じて学びを深めていきました。この時期が、自分にとって本当の意味での「学問」の楽しさに触れることができた時期だと思っています。
このように、私自身は専門分野をなるべく特定せず、常に地域をめぐる社会課題を起点として有効な研究分野を学ぶようにしてきました。結果的に、私自身は自分の専門分野を説明しにくくなりましたが、現在の私が目指しているのは「政策立案から空間デザインまで」専門的に解決に導けるような専門家像です。
3. 都市計画の主な実績
これまでお話してきたように、「持続可能な地域づくり」に強い関心があるため、現在、私が在籍している地方国立大学はとてもやりがいを感じています。都市圏と比べれば、地方には専門家と呼ばれる人材が潤沢ではないため、私自身は緑地設計から国土広域計画まで、幅広く地域づくりに関わる仕事に携われています。香川大学への赴任は運と縁が重なった偶然的なものではありますが、ここでは主に香川を対象とした研究・教育・実践の取り組みをいくつか紹介いたします。
①著書『高松 海城町の物語』の出版
本書は今年(2024年)の3月に出版した、最も直近で代表的な実績となります。私自身も暮らしている香川の県都・高松を対象とした研究ではありますが、これからの人口急減時代において、地方の中核都市の魅力化とアイデンティティの確立はとても重要で緊急度の高い仕事だと思っています。シビックプライドの醸成を狙いとした実践的な本であり、「まちの記憶」をテーマとした資料集としての本でもあります。
②学生プロジェクトを通じた地域振興
地域振興の実践と学生教育、そしてコミュニティデザインを融合した取り組みで、代表的なプロジェクトが「屋島山上ちょうちんカフェ」です。高松市と香川大学が連携した取り組みで、屋島観光の再生を狙いとして2015年から調査を始めました。屋島山上の魅力である夕夜景を活かすため、香川の伝統工芸である讃岐ちょうちんと学生カフェを融合した取り組みで、夏季限定のイベントではありますが、これまでに1万人以上のお客さんが来てくれました。2019年度には学生発表の取り組みとして観光庁長官賞をいただき、コロナ禍を経て、讃岐ちょうちんの魅力を広める学生プロジェクトチームTERASUが主催することで継続的な取り組みとなっています。
③公共空間のデザインとマネジメント
建設コンサルタントでの仕事を通じて身に付けた広場や緑地設計の専門性と、地方都市のまちなか再生に向けた都市政策の専門性を活かして、既存の道路や公園、民間敷地をシームレスにつなげる空間デザインと、その場所を魅力化する主体(運営組織)のマネジメントに近年取り組んでいます。代表的には、香川県と高松市がウォーカブルなまちづくりとして取り組んでいるサンポートのプロムナード化計画や、高松市の中央公園再整備計画など、それぞれ計画づくりから空間デザインまで携わっています。
4. 都市計画から日々の生活に活かせること
「都市計画」を「まちづくり」と表現すれば、その範疇は建設分野のみならず、食、福祉、教育、医療など「まちの生活」全般に関わる分野が関わることとなり、私たちの日々の生活にある課題解決や魅力創造に直結した取り組みとなります。そのため、学問での学びと暮らしの改善が直につながっており、とても楽しくやりがいのある分野だと思います。
5. 都市計画に関心のある方へのアドバイス
これまで話してきたように「都市計画」にも様々なアプローチがありますが、緻密にデータを分析する工学的なアプローチだけでなく、私のようにデザインや歴史、政策といった柔らかなアプローチもあります。私自身は現在、経済学部に所属していますが、近しいアプローチは工学部や教育学部、農学部等でもありうると思います。大学の学びで大事なのは、自分と同じような興味関心をもつ研究分野の教員がいるかどうかだと思います。学部全体の取り組みだけでなく、どんな教員がいるかまで調べることをおススメします。