筑波大学ビジネスサイエンス系の山田雄二教授に、専攻とされているファイナンスに関するインタビューを行いました。ファイナンスに関して学びを深めたいと考えている方や、山田雄二教授と同じくファイナンスを専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
山田雄二教授のプロフィール
1998年3月東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻博士後期課程修了(博士(工学))。1998年4月より日本学術振興会特別研究員(同年8月よりアメリカ合衆国カリフォルニア工科大学に滞在)、2000年よりカリフォルニア工科大学ポスドク研究員。その後、2002年より筑波大学大学院ビジネス科学研究科助教授、2007年より同准教授(ただし2011年よりビジネスサイエンス系准教授)、2013年より現職。2015年より2017年までビジネス科学研究科経営システム科学専攻・専攻長、2018年より2021年までビジネスサイエンス系・系長。現在、一般社団法人 日本金融・証券計量・工学学会 (JAFEE) 第16代会長、Asia-Pacific Financial MarketsのAssociate Editor、EnergiesのAcademic Editorを務める。2023 筑波大学Best Faculty Member(10年ぶり2度目)、2011年度JAFEE論文賞、1998年度計測自動制御学会論文賞、1995年度計測自動制御学会学術奨励賞受賞
1. ご経歴と専攻分野、専攻分野を選んだきっかけ
元々は制御工学と呼ばれるエンジニアリングの分野で学位(博士(工学))を取得しました。学位取得後は日本学術振興会特別研究員(PD)に採用され、採用期間3年間の半分を海外の研究機関で過ごすことができたので、その制度を利用して渡米することにしました。前年の国際会議で、当時制御工学分野で一番の大物だった米国カリフォルニア工科大学(通称カルテック)のJohn Doyle教授にホストアドバイザーをお願いし、カルテックで一年半研究に従事することになりました。
カルテックでは新しい研究テーマを模索し、それまでの興味の対象を、伝統的な制御問題(通常はメカニカルなシステムを対象とする制御問題)から資産運用や金融商品の設計といったファイナンスの制御問題へとシフトさせ、ファイナンス研究を新たにスタートしました。
制御工学分野でのファイナンス研究は手探りでしたが、同時期に出版された制御工学出身の研究者が執筆したファイナンス分野の書籍などを取り寄せながら、徐々にテーマを絞っていきました。ようやく制御の国際会議やファイナンス関係の学術誌に論文を投稿することができるようになった頃、当初の期限である一年半が近づいてまいりました。そこで思い切ってJohn Doyle教授にカルテックでポスドクを続けたいことを伝えたところ、「それはいい考えだ」ということで、学振の方は辞退して今度はカルテックのポスドクとしてファイナンス研究に取り組むことになりました。
さらに翌年、もう一年間の延長の話をいただいた際に、私の方から「ファイナンスの講義を教えたい」と申し出たのですが、この話にもご賛同いただき、カルテックでファイナンス工学の講義を担当することになりました。私自身、カルテックで学位を取得したわけでもないので、講義を担当することで、何か形になるものを残したかったということも、このような申し出に至った理由としてありました(講義を担当すれば、大学の授業ページにも掲載されますし、実際、日本に帰ってから講義のページを見たという話も何度か伺いました)。
結局カルテックでの研究生活は3年半におよび、2002年からは今の職場である筑波大学東京キャンパスの社会人大学院で教鞭をとることになりました。主な担当科目名は、カルテックでも講義を担当したファイナンス工学でした。学生は皆さん社会人で実務経験も豊富でしたが、自分はアカデミアしか知らず、ファイナンスも独学でした。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、ファイナンス工学という分野は元々日本には存在していなかったため、当時、自分も含め独学で学ぶ大学研究者は少なくなかったと思います。また、欧米風のビジネススクールのような実務出身の教員も今ほど多くはなく、ファイナンスのような実務と直接関係がある分野を大学院で教えることは難しい状況だったように思います。そのため、私の所属する社会人大学院では、教員が学問を教える代わりに学生が実務を教えることで実務とアカデミアの融合を実践し、相互に理解を深めあっておりました。このような環境にも助けられ、実務知識も重要な役割を果たすファイナンス研究を現在に至るまで続けることができ、大変ありがたく感じております。
2. 専攻分野の主な実績・研究テーマ
もう一つ、私の日本に帰ってからの研究力と実務コミュニケーション力を育ててくれたのが、今、第16代会長をさせていただいている日本金融・証券計量・工学学会(JAFEE)という学会でした。JAFEEは、アカデミックな学会ですが、実務家も多く参加するという特徴を持ちます。昨年度、30周年を迎えましたが、私が帰国し今の職場で研究に従事するようになった翌年が、ちょうどJAFEE設立10周年に当たる年度でした。10周年ということで記念イベントを行うことになり、その実行委員に選ばれたことが、私の国内におけるネットワークづくりに大いに役立ったかと思います。
もちろん、当時の私の研究テーマであった金融派生商品(金融デリバティブ)のヘッジ問題の数値計算手法を、JAFEEの大会で何回か発表する機会があったことも、私の名前を覚えてもらうきっかけになったのかもしれません。(金融派生商品あるいは金融デリバティブ:株式や債券、金利などの価格や指標に対して導入される新しい契約あるいは金融商品。ヘッジ問題:価格変動に伴う損失リスクを低減する行為や取引を考える問題。)
金融デリバティブのヘッジ問題のほかに、研究テーマの中で私が長年携わってきたのは、電力市場におけるデリバティブです。2005年に、現在のパリ協定の前身である京都議定書が発効し、国内でも本格的に再生可能エネルギーの導入が検討され始めました。当時はまだ再生可能エネルギーという用語は一般的ではなく、「新エネルギー」という言葉が使われていたかと思います。そのような背景の下、再生可能エネルギー発電電力を取引する際に存在する予測誤差による損失リスクを、デリバティブを用いることで補填(ヘッジ)できないかと考え、再生可能エネルギー発電(主に風力発電)に対する予測誤差デリバティブを提案いたしました。
2010年代以降、日本の電力市場は大きな二つの転換点を迎えることになりました。一つ目は、東日本大震災後に停止となった原子力発電に代わる電源の模索、二つ目は2000年代から進められてきた電力システム改革による電力市場の完全自由化です。日本では、2000年代に入ってから段階的に電力市場が自由化され、2016年4月には電力市場の完全自由化が実施されました。これにより、家庭や一般事業者は自由に電力会社(小売電気事業者)を選択できるようになりました。
自由化された電力市場において、原子力発電所の多くが稼働できていないという状況の中、化石燃料による火力発電から再生可能エネルギーによる発電に切り替えていくことは、近い将来、日本の電力市場が直面する課題です。このような再生可能エネルギー大量導入後の電力市場には、需要の不確実性に加え、再生可能エネルギー導入による供給量の不確実性に伴う損失リスクが発電事業者や小売事業者に存在します。このような損失リスクをどのように効率的にヘッジすることができるか、そのためのデリバティブをどのように構築すればいいかという問題は、私が長年取り組んできた課題でもあります。
また、最近は、再生可能エネルギーによる分散型電源を効率的に取引するためのP2P電力市場についての研究にも取り組んでおります。特に、デリバティブの仕組みを導入することによって、個別の太陽光パネルの出力と自身の電力消費をマネジメントしたいプロシューマー(太陽光発電設備を保有し自ら電力消費も行う一般家庭や事業者)に設備導入のインセンティブを与えつつ、損失ヘッジが可能な電力市場をどのように構築したらよいかが、目下のテーマでもあります。本テーマについては、学術雑誌Energiesで特集号を企画しておりますので、興味のある方は下記をご参照ください。
https://www.mdpi.com/journal/energies/special_issues/HO0MEWIM2U
3. 専攻分野から日々の生活に活かせること
電力市場自由化や再生可能エネルギーの効果についてはすでに多くのところで説明されていると思いますので、ここではデリバティブの考え方をどのように日常生活に活かすことができるかについて考えてみたいと思います。
デリバティブというと難しいイメージを持たれるかもしれませんが、日常生活の中でデリバティブに近い考え方は当たり前のように使われています。例えば、メジャーリーグでよく耳にするオプション契約もデリバティブの一種と考えることができます。オプション契約の一つに、投手であれば登板回数や先発マウンドの回数が一定回数を超えたらいくら支払われるというものがあります。これは、登板回数(あるいは先発マウンドの回数)を原資産とするデリバティブ契約と考えることができます。
また、契約期間について、3年目以降は球団側が更新するオプションを持つといったものもよく聞かれます。端的に言えば、球団は3年目に入るところで、契約を更新するメリットとデメリットを比較し、メリットがデメリットを上回ればオプションを行使する(すなわち更新する)ことになります。
デリバティブの観点からは、原資産が何で、その原資産がどういう状態のときにオプションが行使され、行使時の支払額を誰が受け取るかが重要です。このようなオプション価値をデリバティブ理論に沿って求めることで、球団は選手全員の契約価値を正確に把握することができます。
それ以外にも、皆さんが日常行う契約にオプション性が含まれることは多々あると思います。そのような状況でも、デリバティブ理論を知ることによって、実際には契約にどの程度の潜在的な価値があるかを見積もることができるでしょう。
4. 専攻分野に関心のある方へのアドバイス
ファイナンスは実務に直結する学問分野であるにも関わらず、社会科学的な側面から数学的な側面まで幅広い領域にまたがる知識が少なからず必要になるという点で、大変奥行きの深い分野です。最近のデータサイエンスや機械学習のテクニックもふんだんに利用され、流行りの手法が入れ替わるサイクルも早いです。
一方で、ファイナンスを学習する際にベースとなる科目ははっきりしているので、大学院で研究を進める上ではちょうどいい分野といえると思います。また、私が所属するような社会人大学院は、実務知識の上に学術知識を身に付けるという点で相乗効果が期待されます。是非、皆様と一緒に実務に役立つファイナンス問題の解決にチャレンジしていくことができればうれしく思います。