愛知大学 文学部 心理学科 関義正教授に、専攻とされている心理学を中心にインタビューを行いました。心理学に関して学びを深めたいと考えている方や、関義正教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
関義正教授のプロフィール

愛知大学文学部心理学科教授。「音声コミュニケーション」と「音楽の起源」の研究のためにオカメインコとセキセイインコを大切に飼っている。趣味はSF作品を読むこと、バイク・クルマいじり。
ご経歴と専攻分野
千葉県立佐倉高校卒。会社員や個人事業などを経て、27歳で一般入試により千葉大学文学部行動科学科に入学・(認知情報科学講座)卒業。同大学院自然科学研究科博士課程(多様性科学専攻)修了(理学博士)。米国メリーランド大学心理学部、理化学研究所脳科学総合研究センター他での研究員、東京大学大学院総合文化研究科(進化認知科学研究センター)助教などを経て現職。
進化・生物心理学を掲げ、生物の音声コミュニケーションを中心に研究してきた。
心理学を選んだきっかけ
高校卒業後は諸事情で進学しませんでした。しかし、科学が好きでしたので、コロンビア大学の生化学教授でありながらSF作家でもあるアイザック・アシモフの本(SFと科学エッセイ)をたくさん読んでいました。
そんな中「科学はこの世界の真の姿にどこまで迫れるのか」を知りたいと考えるようになりました。また、26歳のころ、アシモフの「ファウンデーション」に出てくる銀河の首都にあるトランター大学(もちろんフィクション!)の描写を読み、やっぱり大学というところで学んでみたいと感じました。そして、もし入学するなら、今が最後の機会と思い立ちました。
とはいえ、そんなにお金があるわけでもなく、下宿も厳しそう、なら、実家に住みつつ貯金とアルバイトで何とかしようと、地元・千葉大学の案内を眺めてみました。すると、科学とは無縁そうな文学部に行動科学科という学科があり、その紹介欄には(うろおぼえですが)「科学論」「科学哲学」「科学技術史」「記号論理学」「神経情報処理論」「生物人類学」「計算心理言語学」など、興味を惹かれる授業科目名が並んでいました。そこで、そこ1本に絞って数か月受験勉強し、センター試験・一般入試を経て合格をもらいました。
当初は科学全般について俯瞰的に知りたいと思っていました。しかし、東大の物理出身の非常勤講師の先生が授業(たしか「科学論」か「自然史」だったと思う)の中で「科学を理解したいなら、まずは現場で研究することを勧める」という話をされました。その話に納得したので、もっとも最適だと感じた岡ノ谷一夫先生(東京大学名誉教授)の研究室に所属させてもらいました。
心理学の主な実績
学生時代は岡ノ谷研究室で、ジュウシマツという小鳥のさえずりについて、その学習、生成、知覚の神経・心理メカニズムを研究していました。ある種の小鳥たちはヒナの時期に聞いた音を真似してさえずるようになります。ヒトは当たり前のように、聞いた音を真似して発声しますが(だから、様々な言語であいさつができます)、多くの動物はそれら小鳥たちとは異なり、持って生まれた音だけを発声します。それで、ヒトの音声言語能力の起源を探る比較研究においては、さえずる小鳥たちが世界中で研究に用いられてきました。僕もその一端に携わり、多くの学術論文を発表してきました。
その後、アメリカでセキセイインコの声まね能力の柔軟性について研究をさせてもらい、そこから、オウムやインコの身体運動および発声による同調能力、また音楽の起源についての研究をするようになりました。最近では、オカメインコが音楽のメロディをおぼえてうたうだけでなく、演奏に合わせてうたうことを示した論文を学術誌上で発表したところ、テレビやインターネットサイト、新聞などに大きく取り上げていただきました。
心理学から日々の生活に活かせること
大学選びに際して検討することの一つは、大学卒業後の身の振り方との関連でしょう。このことを整理して考えるため、以下3つに分けてお話しします。
(1)それほど一般的とはいえませんが、まず、大学などの研究機関で職業研究者として働くのであれば、大学で学ぶ事柄は基礎知識となります。それらは研究アイデアの創出、実験データの解釈、論文執筆などに直接かかわります。ここでいう「学ぶ事柄」は必ずしも授業内容とイコールではありません。自分自身で研究に使う実験装置を作ったり、論文を書くために文献を読んだりしながら学ぶ事柄のほうが多いと思います。加えて、僕のような研究においては、研究成果は口頭・誌上とも英語で発表します。そのようなスキルは受験勉強のような方法では身に付きません。ただひたすら、経験を積むことが重要になります。つまり、とにかく大学での学びは日々に活きてきます。
(2)一般企業や官庁・役所などで働く場合、はっきり言うと、実学を学ぶ学部・学科と異なり、文学部での学びを仕事に直接活かす機会はなかなかないかもしれません。一例として、就活の面接で「消費者心理について学んだことを仕事に活かしたいです」などと言っても、企業で何十年も経験を積んできた人たちは、たかだが数年の勉強だけしかしていない新人がいきなり営業成績トップになることは期待しないでしょう。
人事担当者の多くにとって「大卒」とは、あくまで、学ぶ意欲を持ち、人間関係を作りながら、目標達成(大学生ですから、まず「大学卒業」)に向けて努力できる人物であることを示す目安になる資格なのだと思います。とはいえ「自分の研究にどのように懸命に取り組んできたのか」をとても楽しそうに語れる人物は、とても魅力的な人材に見えるでしょう。ですから、就活を考えるなら、ぼんやりと「就職に役立ちそうだなぁ」と感じるところより、自分にとってやりがいのありそうな、面白そうな研究ができる進学先を選ぶほうが良い結果になると僕は思います。
加えて、大学で心理学を修める人は(Ⅰ)これまでになされてきた研究について調査し(Ⅱ)そこから解くべき課題を見出し(Ⅲ)その課題に取り組むための実験を考えて、それを成し遂げ(Ⅳ)データを分析してまとめあげるという過程を経験します。学ぶ内容そのものはさておき、若い時期のこのような経験が人生の様々な困難に立ち向かうために役立つことは疑いようがありません。
(3)学ぶ事柄が家族・友人・地域社会のみなさんとの「暮らし」の中でどのように役立つかという視点もあります。人生はお金儲けだけではありません。ボランティアやNPOなどの活動が生きがいになることもあります。そのような活動に大学での学びが役立つこともあります。例えば、僕の研究からは「なぜ人間社会で声に出してあいさつすることが大切なのか」「会話がいかに人間社会に必要なのか」「動物たちを大切に扱うことが重要な理由および、それが互いを尊重しあう多様性社会の実現とどのように関わるか」といったことを、押しつけの知識としてではなく身をもって理解することができます。このような理解は毎日の暮らしに少なからず影響をもたらすものと思います。
心理学に関心のある方へのアドバイス
大学に対して「若い時期に真剣に学術研究に取り組む」という、かけがえのない経験を期待している皆さんには、時間のあるうちにたくさんの書物に触れ「世界にはどんな面白い研究があるのか」を調べるようお勧めします。大学の授業には、文科省が検定する教科書はなく、何を教えるかはかなりの程度、各教員にまかされています。つまり、どこの大学でも同じことを教えているわけではありません。ですから、面白そうな研究をしている先生のいる大学・学部を見つけ、ぜひ、その希望の大学への合格を目指して頑張ってください。
大学を「就職予備校」として捉えている皆さんに対するアドバイスはもう少し複雑です。最近は、そのような考え方をする方々を対象として「大学不要論」を唱える人もたくさんいます。もちろん、医者のような職業を目指す場合には進学以外に選択の余地はありません。しかし、そうでない場合、いまは学びの手段がいくらでもありますから、ビジネスマンとしてそもそも「非常に高い能力を持つ人」にとって「就職予備校としての大学」への進学はたしかに不要かもしれません。一方で、それほど自信のない方にとっては、いまだ「大卒」はそれなりに有効な資格ですから、お金と時間はかかりますが、大学進学も悪くないかもしれません。もし、大学進学を決めた場合には、上に述べたことを参考に、ぜひ面白そうな研究ができるところを探してください。
もし、面白そうなものが見つからない、と感じたら、ヒトの心や行動について生物学的に考える生物心理学・進化心理学はとても面白いですから、候補の一つにしてもいいと思います。