1994年3月,東邦大学大学院理学研究科博士課程化学専攻修了,博士(理学)の学位を取得。1994年5月,弘前大学助手(理学部化学科有機化学講座)として着任後,助教,准教授を経て,2021年10月より同大学大学院教授

【弘前大学 理工学部 川上淳教授】理工学に関する学びをインタビュー

弘前大学 理工学部の川上淳教授に、専攻とされている理工学を中心にインタビューを行いました。理工学に関して学びを深めたいと考えている方や、川上淳教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。

川上淳教授のプロフィール

1994年3月,東邦大学大学院理学研究科博士課程化学専攻修了,博士(理学)の学位を取得。1994年5月,弘前大学助手(理学部化学科有機化学講座)として着任後,助教,准教授を経て,2021年10月より同大学大学院教授(理工学研究科/理工学部物質創成化学科併任)。2001年6月から1年間,文部科学省在外研究員(若手)として米国Brigham Young Universityに留学,J. S. Bradshaw教授,P. B. Savage教授,R. M. Izatt教授の研究グループの一員として亜鉛イオン検出用蛍光性化学センサーの研究に従事。専門は,有機光化学。現在は,有機蛍光色素の合成と応用に関する研究を行っている。所属学協会は,米国化学会,日本化学会,日本分析化学会,光化学協会,色材協会など。川上研究室ホームページ:http://www.st.hirosaki-u.ac.jp/~jun/jklab/jklab001.html

1.ご経歴と専攻分野

学部,修士課程,博士課程の計9年間,私立の東邦大学(https://www.toho-u.ac.jp)の千葉県にある習志野キャンパスで過ごしました。東邦大学は,理学部・医学部・薬学部・看護学部・健康科学部の5学部からなる理系総合大学で,キャンパス内では,学食や生協でも,白衣を着ている人が多い,いかにも理系の大学という雰囲気の中で過ごしました。私は,学部4年の卒業研究開始時から,光化学を専門とする岩村道子教授の主宰する研究室に所属し,大学院博士課程を修了するまでの6年間,モデル分子を合成し,溶液中の有機分子の励起状態での分子内相互作用に関する研究を行いました。博士(理学)の学位取得後,青森県にある国立大学の弘前大学(https://www.hirosaki-u.ac.jp)の助手として採用され,それ以来,米国留学の1年間を除き,弘前大学で教育・研究を行っています。なお,弘前大学は,理工学部,医学部,農学生命科学部,教育学部,人文学部の5学部からなる総合大学です。現在は,新規有機蛍光色素や蛍光分析試薬(蛍光性化学センサー,蛍光プローブ)の合成及び機能開発を行っています。具体的には,植物の藍から抽出される抗菌剤のトリプタンスリン(Tryptanthrin)の2-位に電子供与性基を導入すると優れた蛍光特性を示すことを見出し,蛍光性トリプタンスリン誘導体による凝集誘起発光(AIE),蛍光共鳴エネルギー移動(FRET),メカノクロミック発光(MCL),化学発光(CL)を利用した蛍光分析試薬創製の研究を進めています。

2.光化学を選んだきっかけ

化学は,無機化学・有機化学・物理化学・分析化学の4つの分野に分類することができます。私は,学部3年終了時までに有機化学の講義で学んだ有機電子論や有機反応機構(反応を,電子の動きを示す矢印を使って理解する手法)が面白く好きだったこともあり,学部4年の卒業研究は,有機化学系の研究室で研究を行いたいと思っていました。幾つかの有機化学系の研究室を見学に行った結果,光化学の研究をしている岩村道子教授の研究室に決めました。これが,現在までにつながる,光化学の研究のスタートです。ただ当時は,研究内容の説明を聞いて光化学に興味を持ったのは事実ですが,研究室選びは,指導教授の先生と研究室の雰囲気を重視した気がします。そういう意味では,光化学の研究に取り組むきっかけは“偶然”のようなものですが,その後長きにわたり,光化学の研究を続けることができたことを考えると,あの時の“偶然”は,私にとってとても幸運だったと思います。

3.光化学の主な実績

私が弘前大学に着任した当時の地方国立大学は設備も古く,蛍光寿命測定装置などの十分な測定機器もありませんでしたので,大学院時代と同じ様な研究をするのは難しい状況でした。そこで,蛍光性化学センサーの合成を,新たな研究テーマに決めました。初めて申請した文部省科学研究費補助金が採択されるなどして,実験設備も徐々に整えていきました。

現在は,蛍光性トリプタンスリンを用いた研究を中心に進めているのですが,蛍光性トリプタンスリンとの出会のお話をしたいと思います。

植物の藍(タデアイ)は,日本における藍染め染料の原料植物としてよく知られていますが,古くから「藍は肌荒れに効く」として民間伝承の薬としても用いられてきました。弘前大学では2000年から天然物有機化学を専門とする教育学部北原晴男教授(当時)らが中心となり,この民間伝承に着目して,藍に関する研究がスタートしました。その結果,藍から抽出されたトリプタンスリンという物質が,アトピー性皮膚炎の原因菌であるマラセチア・フルフル菌に対して高い抗菌性を示す(特許第5239002号)ことや,接触性皮膚炎に対して抑止効果がある(特許第5023317号)ことがわかりました。私の主宰する研究室では,北原教授からの共同研究の依頼を受け,本来の専門とは少し違いますが,2006年から天然からは得ることのできない種々のトリプタンスリン誘導体を合成し,抗菌性に対する構造活性相関を調べていました。その過程で,トリプタンスリンの2-位の水素を電子供与性基のアミノ基に置換した2-アミノトリプタスリンが,他のトリプタスリン誘導体に比べて極めて強い蛍光を示すことを偶然見つけることができました。2-アミノトリプタスリンは,分子量300に満たない少分子でありながら,高い蛍光量子収率,溶媒極性に応じて可視領域全般の色で発光する正の蛍光ソルバトクロミズムを示すなど,優れた蛍光特性を有することから,2009年に特許を申請し,2014年に特許を取得しました(特許第5448046号)。以降,専門の有機光化学の研究として,蛍光性トリプタンスリンを用いた蛍光分析試薬などの応用研究を現在まで続けています。2014年には,日本分析化学会のAnalytical Sciences 誌に掲載された,蛍光性トリプタンスリン誘導体の分子内FRETのon, offを利用した水銀イオンなどの金属イオンの蛍光検出に関する論文(https://doi.org/10.2116/analsci.30.949)で,Hot Article Awardを受賞し,Graphical Indexが同誌30周年記念の30巻10号の表紙を飾りました。また,2024年には,色材協会誌に掲載された蛍光性トリプタンスリン誘導体による励起状態分子内プロトン移動(ESIPT)に関する論文(https://doi.org/10.4011/shikizai.95.185)で, 2023 JSCM Most Accessed Paper Awardを受賞しています。

4.光化学から日々の生活に活かせること

 化学は,さまざまな物質の構造・性質および物質相互の反応を研究する学問です。私達の身の回りには,様々な物質があり,それらによって生活が成り立っています。私は,光化学と出会い,有機蛍光色素の合成と応用について研究をしています。蛍光色素と聞くと,染料,顔料,インクなどの発光性の着色材料を思い浮かべる人も多いと思いますが,近年では,有機EL発光体,色素増感太陽電池,色素レーザー,蛍光イメージングプローブ等,多様な用途が拓かれています。私が研究をしている有機蛍光色素を用いた蛍光分析試薬(蛍光性化学センサー,蛍光プローブ)の研究も,環境中の有害金属イオンの検出や,生体物質が「いつ」,「どこで」,「どのように」作用しているかを明らかにする化学ツールとして,日々の生活の中で活かされていると思っています。

5.光化学に関心のある方へのアドバイス

 

化学は,無機化学・有機化学・物理化学・分析化学の4つの分野に分類することができると言いましたが,研究を行うためには,どの分野も必要となります。学部時代は,好きな分野だけではなく,苦手な分野も満遍なく勉強して下さい。特に興味のある分野については,専門書や文献を読んだり,インターネットで調べたり,知識を蓄積して下さい。光化学に興味のある人は,光化学の講義を受講し,光化学を専門とする教員のもとで,研究に励んで下さい。「好きこそ物の上手なれ」という言葉がありますが,たとえ今は未熟であっても,本当に好きならば上達していくものです。研究も同じだと思っています。弘前大学出版会から2020年に出版された,「弘前大学レクチャーコレクション」(https://hupress.hirosaki-u.ac.jp/books/p5750/)の中で,「光る物質を創る-光化学の研究-」を執筆しているので,大学生或いは高校生で光化学に興味のある方は,是非ご一読下さい。また,蛍光性トリプタンスリンに興味のある方は,色材協会誌の小特集号(2024年3月号)東北からはじまる色材研究のフロンティアに掲載されている「藍からはじまる蛍光性トリプタンスリン研究」(https://doi.org/10.4011/shikizai.97.86)を是非御覧ください。

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