滋賀医科大学 解剖学講座の勝山裕教授に、専攻とされている解剖学を中心にインタビューを行いました。解剖学に関して学びを深めたいと考えている方や、勝山裕教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
勝山裕教授のプロフィール
博士(理学)(東京都立大学大学院)、通産省工業技術院(研究員)、Harvard Medical School Children’s Hospital(研究員)、University of California, Irvine(ポスドク)、神戸大学大学院医学系研究科(助手/助教)、東北大学大学院医学系研究科(講師/准教授)、滋賀医科大学医学部医学科解剖学講座(教授; 現職)
1. ご経歴と専攻分野
私は博物学的な興味を持って金沢大学理学部生物に入りましたが、実習で経験したマウスの臓器の組織標本の作成・観察と臨海実習がとても面白かったので、高知大学大学院で海産生物の組織学的研究をすることにしました。一方で遺伝子クローニングが流行り出した頃でしたが、当時の高知大ではそのような実験ができなかったので、京都大学の研究室(佐藤矩行助教授)で実験を行うことにしました。すると佐藤先生から東京都立大学の研究室を紹介され、大学院の後半は都立大で研究をしました。学位取得後は留学を考えたのですが、受け入れラボが見つからず、つくば工業技術院(現:産総研)の岡本治正さんから声をかけていただき研究員となりました。
しかし留学の希望は持ち続けていました。つくばで行われたあるシンポジウムでハーバード大のXi He教授と話をする機会があり、その時に考えていたプロジェクトを提案すると彼のラボで受け入れてくれることになりました。ボストンで見つけた2つの新規遺伝子はNature誌に論文発表したものの、私の期待した機能を持っていませんでした。私は新しいプロジェクトを思いつき、カリフォルニア大のラボに移り研究を進めました。留学ビザが切れそうな頃に神戸大学解剖学教室の寺島俊雄教授から助手に、と声をかけていただきました。
神戸大では寺島先生からスパルタ式に人体解剖学を学びました。一方で神戸理化学研究所の客員研究員になり、大学との間を自転車で往復して最新の実験機器を用いた研究を進めることができました。
2010年の夏に東北大学で解剖学を教えるよう要請され、医学部に限らない学部学生や大学院生、若手研究者、社会人にも解剖学を教える機会を得て解剖学教員として経験を積み、一方で神経形態学研究を進めました。2016年に滋賀医科大学の神経形態学教授に就任し、現在に至ります。また2018年に客員教授にしていただいたは名古屋大学では魚の脳の形態学研究を行いました。現在の私は医学生に解剖学を教える教員であり、細胞生物学や分子生物学的手法を用いた神経形態学の研究者です。
2. 専攻分野である解剖学を選んだきっかけ
大学の実習で組織標本を作成し顕微鏡観察する経験は、形態学に進むきっかけになりました。一方で当時は誰もが遺伝子を扱えるようになり始めた頃でしたので、私は大学院で遺伝子クローニング技術を身につけて、分子生物学と形態学を組み合わせた研究をするというアイディアを持ちました。
古典的な形態学の手法では脳の形態についてわかることに限界があると感じました。そこで分子生物学的手法を持ち込むことでわかることがあると考えました。遺伝子発現によってホヤの中枢神経系を領域わけできることを示し、岡村康司さん(現:大阪大学教授)とトランスジェニックホヤを作り、まだ誰も見たことがないホヤのニューロンを蛍光タンパク質で可視化することに成功し、その細胞が運動ニューロンであることも証明しました。
神戸大学の寺島先生は私の研究を「ホヤの解剖学」と捉え、私を解剖学助手に採用したそうです。解剖学講座の教員になったことで、それまで研究してきた神経系に限らず、人体全身の肉眼解剖学、神経解剖学、組織学、発生学の勉強をして、大学生や大学院生に講義や実習を行うことができるようになりました。また教育のために身につけた知識は研究を行う際にも様々な示唆を与えます。私は神戸大の解剖学研究室に分子生物学の手法を持ち込みました。それが現在まで続く大脳皮質の発生や機能についての関する研究です。
中学生の頃にはミュージシャンか博物学者になりたいと考えていました。体を構成する骨、筋、血管、神経、臓器には1つ1つ解剖学的名称があり、それは膨大な数です。ですからヒトやその他の動物の体の構造について知識を得ることで、自分はある種の博物学者になったと感じます。趣味でロックバンドもしているので、子供の頃の夢はどちらも叶いました。
3. 解剖学の主な実績
- 大学医学部における20年以上の解剖学教育
- ホヤ、魚類、両生類、哺乳類を用いた神経発生学、比較解剖学的研究
- 大脳皮質形態形成に関わる遺伝子と神経疾患との関係の研究
- 学術論文数十本
- グラント解剖学実習(西村書店)翻訳
- 遺伝子から解き明かす脳の不思議な世界(一色出版)分担執筆
4. 解剖学から日々の生活に活かせること
形は機能を表現しています。医学でもっとも古い分野であり、医学部生が大学で最初に学ぶ専門科目は解剖学です。日常の我々の体に起こる全ての出来事に解剖学的背景があります。脳も含めて体を知ることは我々が健康のことや病気のことを考える際の出発点となります。また私の研究は古典的な解剖学にとどまりません。解剖学が起点となって様々な生物学・医学・その他の生命科学の研究分野につながり、より広い視野で次にどのような実験、観察、解析を行うかを考えることができます。
5. 解剖学に関心のある方へのアドバイス
解剖学というと人体解剖学実習を一番に思い浮かべるかもしれません。大学では解剖学教室を名乗っていても、我々の研究室のように発展的に細胞生物学や分子生物学のテーマも扱っています。実際に解剖学会へ行くと発表されている研究テーマが極めて多様性であり、それがこの分野のユニークさです。人体は臓器、組織、細胞、分子や遺伝子とどこまで追求しても人体であることには変わりがないからです。私の専門は神経解剖学ですが、教員としては解剖実習、組織学、発生学、神経科学など広い領域を担当します。形態学的知識を十分に身につけることは生命科学のすべての分野の理解につながると感じています。つまり解剖学は古くて新しい学問です。