北見工業大学 工学部の大野智也教授に、専攻とされている材料科学・粉体工学を中心にインタビューを行いました。材料科学・粉体工学に関して学びを深めたいと考えている方や、大野智也教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
大野智也教授のプロフィール
2004年、静岡大学大学院理工学研究科物質化学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。静岡大学イノベーションセンターでの博士研究員を経て、2005年より国立大学法人北見工業大学助手、助教、准教授を経て、2017年より同大教授。専門分野は材料科学および粉体工学。2007年度には在外研究員として1年間スロベニアに滞在し、Jožef Stefan InstituteのProf. Marija Kosecの元で電子材料セラミックス薄膜に関する研究を行った。現在、一般社団法人粉体工学会理事、Elsevier社Advanced Powder TechnologyのExecutive Editorを兼務する。
1. ご経歴と専攻分野
講義風景の様子
2004年、静岡大学にて博士後期課程を修了後、一年間同大学のイノベーションセンターにて博士研究員を勤めました。その後、現在の北見工業大学に助手(現在の助教)として赴任し、触媒材料研究を行っている松田剛教授の下で研究を行いました。また当時から、これまで研究開発のターゲットとして利用してきた薄膜形状と粒子形状の材料を組み合わせた、粒子表面へのコーティング技術(粒子表面への薄膜作製)に興味を持ち、自分独自の研究として基礎研究を進めていました。そして准教授として自身の研究室を持つようになってから、この粒子表面へのコーティングに関する基礎研究を更に進めた事で、結果的に複数の企業と共同研究が可能となるような応用研究に至りました。
2017年同大学の教授となった後は、粒子表面へのコーティングの応用研究として電池材料開発に携わるようになり、現在にも繋がるNEDO委託事業に参画して全固体型リチウムイオン二次電池材料の開発を行うようになりました。またその間、北海道道東地区で課題となっているホタテ貝殻の再利用に関する研究の一環として、貝殻を粉砕した粉を適切な大きさに造粒する技術を、粉体工学の研究者の立場から開発し、その事業化にも携わりました。現在このホタテ貝殻粉末を原料とした新しい粒状土壌改良剤の普及、そして新たな活用方法の探索についても研究を行っています。
2. 専攻分野である材料科学・粉体工学を選んだきっかけ
学部時代、材料科学を中心とする講義を履修し、学部四年次に強誘電体や圧電体のような当時主流だった電子材料セラミックスに関連する研究室を選択しました。しかし当時の私は、所属研究室のメインテーマである電子材料セラミックス薄膜の研究ではなく、より基礎的な研究を行いたいと考え、ナノ粒子を用いたセラミックス粉体に関する研究を自分のテーマとして選択しました。
しかし結果的に、この選択が私の現在の研究テーマに繋がる粉体工学との出会いとなりました。そして博士研究員の時代は、この粉体工学の知識を利用したDNAの鎖長分析システム開発などにも携わりました。さらに現在所属している北見工業大学に助手(現在の助教)として着任した時、私を採用してくれた教授の専門分野は触媒分野という、それまで私が接点のなかった分野でしたが、自身が培ってきた材料科学や粉体工学の経験から触媒材料開発の研究を進める事が出来ました。
そして幸いな事に研究室の主催者であった教授に恵まれ、自分自身の研究を行う環境が当時からあったため、今の研究に繋がる基礎研究を始めることができました。そしてこれらの経験と実績が、現在の電池材料開発の研究に活かされています。
3. 材料科学・粉体工学の主な実績
自身の研究分野である材料科学と粉体工学を電池材料開発の分野で活かし、2021年度よりNEDO委託事業「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第二期):SOLiD-EV」に参画、そして2023年度より現行プロジェクトであるNEDO委託事業「次世代全固体蓄電池材料の評価・基盤技術開発:SOLiD-NEXT」に初期メンバーとして参画するなど、全固体型リチウムイオン二次電池で使用する材料開発の研究を行っています。
これらのプロジェクトでは、主に粒子表面へのコーティング技術に関する部分を担当しており、本プロジェクト以外でも、JSTの研究成果最適展開支援プログラム、中小企業庁の成長型中小企業等研究開発支援事業、複数の企業との共同研究、海外大学との共同研究を実施しています。またこれらで得られた研究成果は、直近では2021年に粉体粉末冶金協会より第45回研究進歩賞、2024年に日本粉体工業技術会よりPXシーズ賞を受賞しました。
また地域社会への貢献の一環として、粉体工学の知識を活かし、ホタテ貝殻粉末の農業用資材としての造粒技術開発を行いました。ここで開発した造粒技術を用いた工場が現在操業中で、道東地区を中心にホタテ貝殻を原料とした粒状土壌改良剤が普及し始めています。そしてこれらの業績により2021年に令和2年度北海道科学技術奨励賞を北海道より受賞しました。
現在、一般社団法人粉体工学会の理事であり、Elsevier社のAdvanced Powder TechnologyのExecutive Editorの一人として主に粉体工学の分野で活躍しています。
4. 材料科学・粉体工学から日々の生活に活かせること
ホタテ貝殻を利用した粒状土壌改良剤の開発が事業化したため、自分自身の研究成果が様々な人に実際に利用してもらっている姿を見る事ができました。またこの新事業のために工場が建設され、そこで新たな雇用も生まれたため、地域社会に対して貢献できたことを実感するという幸運に恵まれました。
また昔から海外の文化に触れる事が好きだった私にとって、現在の職業は天職と言っても過言ではありません。結果論ではありますが、最近は海外の学会から招待講演で呼ばれる事も増え、様々な国の研究者と話す機会や文化に触れる機会も増えました。また私の留学先が旧ユーゴスラビアのスロベニアであったこともあり、今でも中欧や東欧を中心に様々なコネクションがあります。そのためこれらの国に行く機会やこれらの国から研究者を受け入れる事も増えてきており、毎年楽しく研究生活を続ける事が出来ています。
5. 材料科学・粉体工学に関心のある方へのアドバイス
在外研究員時代の同僚達と
私の研究グループのメインテーマである全固体型リチウムイオン二次電池に関する研究は現在、日本が進めている研究の中心テーマの一つです。そのためこの分野の研究を行っている私は、比較的恵まれた環境で研究を行う事が出来ている研究者の一人かもしれません。しかし学生時代に行っていた研究や助教・准教授時代に行っていた研究は、材料科学や粉体工学に関連する地道な基礎研究でした。そしてこのような基礎研究を行っていた時代は、研究資金を集める事も難しく苦しい時代を過ごしてきました。とはいえ、この時代に積み上げてきた研究成果がなければ、現在実施しているような応用研究には繋がらなかったでしょうし、外資系企業も含む様々な企業との共同研究にも対応出来なかったと思います。
最終的に何が成功に繋がるのか分からないのが研究の世界です。2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式でスピーチをした有名なフレーズである「将来を見据えて点と点を繋げることは誰にもできません。過去を振り返った時に初めて、点と点が繋がっていたことが分かるのです。ですから、私たちは将来どこかでその点が繋がると信じて進まなければなりません」という言葉は、私自身が研究者として辿ってきた道筋を考えると全くその通りだと感じています。
ですからこれから研究者を目指して進む学生さん、特に日本の基幹産業である材料科学分野に進もうとしている学生さんには、どのような研究分野を選択しても突き詰めて研究活動を行って欲しいと考えています。そして、そこで突き詰めた知識や経験が何かと結びついた時に、一気にその研究成果が広がっていくのではないかと思っています。