豊橋技術科学大学 機械工学系の中村祐二教授に、専攻とされている燃焼学を中心にインタビューを行いました。燃焼学に関して学びを深めたいと考えている方や、中村祐二教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
中村祐二教授のプロフィール
名古屋大学助手、同講師、北海道大学助教授・准教授を経て、2017年より現職。2018年より東京理科大学火災科学研究所客員教授を兼任。これまでに、ケンタッキー大学研究員、米国商務省標準技術研究所招聘研究員、カリフォルニア大学サンディエゴ校大学在外研究員を歴任。博士(工学)(名古屋大学)。燃焼学・火災物理科学・宇宙工学・模型実験理論を専門とする。特撮技法を火災研究に取り入れて実験室レベルで大規模現象を解明することを試みる一方、役に立たずとも面白そうだという理由だけで取り組む研究例も多数。
1. ご経歴と専攻分野
当時の国立研究所への採用が叶わず進学した博士課程在籍時に米国に研究留学(ケンタッキー大学)をして、そこで大学教員になることを目指しました。幸い、当時の指導教員に助手に引き上げていただきました。
その後、同大学内の附置研究施設(理工科学総合研究センター・エコトピア科学研究機構)の講師を経て、北海道大学大学院工学研究員の助教授・准教授となり、そこで約10年務めた後に豊橋技術科学大学に異動し、2017年より現職を務めています。その間、米国商務省標準技術研究所(NIST)建物火災部門に約1年ほど博士研究員として勤め(2000.2-2001.7)、カリフォルニア大学サンディエゴ校に10か月ほど在外研究員として派遣(2010.6-2011.3)、ケンタッキー大学に1か月ほど在外研究員として派遣(2017.7)されました。
担当授業としては、学部では燃焼工学や応用熱工学など、大学院では燃焼学特論等の熱流体問題をどう取り扱うかを主眼に置いた授業を担当しています。これまで所属した大学(大学院)では航空工学や宇宙工学,環境エネルギー工学や設計工学などの機械系科目に加え、数学等の一般科目、防災工学特論(東京理科大)などの幅広い講義科目を担当しました。非常勤講師として愛知工業大学や苫小牧高専で授業を担当しました。
現所属では機械工学系の環境エネルギー変換工学研究室を主宰しており、現在スタッフ・学生を含む約30名が所属しています。研究内容は燃焼等の熱流体の利用と制御に係るもので多岐にわたり、火災物理が7割、燃焼技術が3割程度を占めています。学生たちが従事する研究テーマは主体となる学生たちと話し合いにより決めており、彼らがやってみたいことをプロジェクト化するようにしています。そのため、1つのテーマは2~3年で終了し、新しいテーマが立ち上がるので、日々アップデートしながら新しい研究分野を開拓しています。最近では、複雑な燃焼挙動を示すプラスチックの燃焼特性の特定法の提案、粉体を活用したハイブリッド燃焼の実用化、森林火災の消火戦略を学問化等に主に従事しています。
2. 専攻分野である燃焼学を選んだきっかけ
学部では機械工学を学んでいましたが、学部4年時の研究室選びの際、元々興味のあった宇宙に関する研究ができるところを選ぼうと思い、唯一「固体物質を宇宙で燃やすとどうなるか」という研究テーマを挙げていた燃焼研究室を選びました。幸いそのテーマを担当できることになり、現在に至ります。
当時の研究室は燃焼の基礎理論が中心に展開されていたため、宇宙での固体燃焼というテーマはあまりにも異質でしたが、幸い、その頃から様々な燃焼問題に触れる機会に恵まれました。自分のテーマは実験向きではなかったため、自前の数値計算コードを開発し、問題に取り組みました。当時は他にほとんど例がない多次元での固体燃焼を扱っており、重力の影響を評価を精密に行った特筆ある内容でした。ただし得られた「様々な重力場での燃焼の様子」を検証することができないため、他人を説得するのに大変苦労しました。
研究を通じて、亜音速流れ下の数値計算結果はユーザが設定する境界条件によって「あらゆる解」を導くことが可能であることを痛切に経験したため、境界条件の大切さ(=実験でいえば実験デザインの大切さ)や、得られた結果のうち何が本質なのかを見抜く力を養うことの重要性を学びました。妥協せずに根気強くこの重要性(研究者として最も重要なこと)を説いてくださった指導教員には今も感謝しています。
3. 燃焼学の主な実績
2000年には、重力が固体燃料の燃焼挙動に与える影響評価に関して学位を取得しました.
これ以降、名古屋大学在籍時には、マイクロスケールの燃焼に関する実験的・解析的研究や燃焼廃棄物の生成特性に関する研究、微小重力場における燃え拡がり基礎特性の研究などに従事する一方で、超電導材料の熱クエンチに関する理論的検討なども行いました。これらの多くは「特殊状況を異なる環境で再現する」という模型実験理論の概念に帰着したものが多くあります。
北海道大学に異動してから、微小重力場における燃焼現象を低圧場で再現する手法を開発したり、電線燃焼に汎用モデリングの提案などの模型実験理論をさらに拡張した研究に従事するとともに、DMEの活用やアセトンOH同時PLIFなどの新規レーザ燃焼診断法にも取り組みました。
現所属に異動後は、主にプラスチックの燃焼基礎特性の解明と燃焼性の評価法の開発や火災旋風の模型実験など、大規模火災をラボスケールで再現する手法提案を積極的に発信しています。また、模型実験理論の教育プログラム化を目指して、特撮技術を活用したエンジニア養成プログラムの作成にも従事しています。
これらの多くは科学研究費補助金などの国・自治体などからの競争的資金、企業からの受託・共同研究です。以上の研究により国際外より多くの受賞をいただいただけでなく、幸いにして多くの招待講演依頼や講師依頼などをお受けするようになりました。
変わったところでは、火災専門家として(火災事件などの)科学鑑定もしております。必要に応じて裁判所にて証人尋問を受けるなど、法曹界にも出入りする機会や弁護士の先生方と知り合う機会にも恵まれました。
4. 燃焼学から日々の生活に活かせること
私の研究へのアプローチは「ある分野で用いられている考え方・コンセプトを他に転用するとどうなるか」ということをきっかけにすることが多くあり、この過程で分野を超えて共通に適用できる考え方を見出すことつながっています。(これが一般法則を見出す研究活動の根幹を支える糧になっています)
同じようなことは、多かれ少なかれ、普段の生活にも活かされています。例えば、家事手伝いをするにしても「これはあれと似てるな」と思うことがあると,そこに一般法則があるんだろうなと考えたりします。もちろんそれが家族円満に一役かっているかどうかは定かではありませんが(苦笑)。
また、私が専門としている燃焼現象は複雑系の一つなので、それをそのまま理解しようとすると難しく、なぜそうなるかを考える際、簡略化をしなければなりません。この感覚が、いわゆるモデルを考えることに役立っており、どんな事象を見ても「この根幹は何でどういうモデルで評価できそうか」を考えようという頭に切り替わります。実はこのような思考はエンジニアのベースにとても大事なものであり、そのようなトレーニングを自然に積ませてくれたことは、燃焼を主専攻としてよかったなと感じるところです。
5. 燃焼学に関心のある方へのアドバイス
燃焼現象に限らず、もし極めるのであれば複雑系を対象にされると、必ず簡略化をしないと進まないという壁に「すぐに」直面することになります。このような苦悩は、できるだけ若いうちに早めに体験した方が、柔軟な思考ができるようになるため、好都合です。
もし皆さんがエンジニアを目指したいなら、ある特殊な知識や技能をつけることもよいですが、それよりもむしろ「ジェネラリスト」となるための素養が必要です.つまり専門以外の分野のことでも「なんとなく腑に落とせる」よう物事への解釈力が求められます。とくに社会にでると、エンジニアの仕事は「3+5=〇」を答える問題はほとんどなく「〇+△=8」を求めよ,という一つに確定しない問題に解を見出すことが求められます。前者のトレーニングだけしても後者は答えられません。結果から原因を推定するには、その結果になるための筋道のうち、妥当なものをいくつか想像できるという物事の根幹に対する理解と解釈が必須です。これをするには、複雑なものでも「こうすれば理解できる」という根幹を抜き取るトレーニングを重ねることが有効です。
前者の訓練をするには,教科書を独学で勉強すればなんとでもなりますが、後者の訓練は独学では限界があります。どのようにして「逆算」できるのかを、経験者の下で訓練することが必要です。大学はそのような素養をつけるための環境を提供していますので、是非、そういう目線で最大限活用しましょう。