1965年オーストリア生まれ。ウィーン大学日本学研究所にて睡眠に関する研究で博士号(日本学)取得。その博士論文で2002年度オーストリア銀行賞を受賞。現在はケンブリッジ大学東アジア研究所の教授として、日本の日常生活を研究している。

【ケンブリッジ大学 東アジア研究 ブリギッテ・シテーガ教授】日本学に関する学びをインタビュー

ケンブリッジ大学 東アジア研究のブリギッテ・シテーガ教授に、専攻とされている日本学を中心にインタビューを行いました。日本学に関して学びを深めたいと考えている方や、ブリギッテ・シテーガ教授と同じく日本学を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。

ブリギッテ・シテーガ教授のプロフィール

1965年オーストリア生まれ。ウィーン大学日本学研究所にて睡眠に関する研究で博士号(日本学)取得。その博士論文で2002年度オーストリア銀行賞を受賞。現在はケンブリッジ大学東アジア研究所の教授として、日本の日常生活を研究している。近年は東日本大震災で被災した岩手県山田町の人々に聞きとり調査も行っている。共著に`Night-time and sleep in Asia and the West’ (Routledge, 2003)、『東日本大震災の人類学:津波、原発事故と被災者たちの「その後」』(人文書院、2013年)などがある。

1. ご経歴と専攻分野

ウィーン大学(University of Vienna)で日本学を専攻し、学位はすべてそこで取得しました。その後、ウィーン大学で数年間講師として仕事をしました。また、京都大学でも学び、更に明治大学、上智大学、慶應義塾大学、ハンガリー・ブダペストのカロリ・ガスパール大学、アメリカ・フィラデルフィアのペンシルバニア大学でも研究・教育に携わりました。

2007年10月から、ケンブリッジ大学で日本学の准教授・教授を務めています。私の専門は日本社会で、特に日常生活の文化史・人類学に重点を置いています。私は常に、一見当たり前に見える身体的な事柄や日常生活の中に組み込まれている文化的・社会的な要素に興味をそそられてきました。関心のあるテーマは睡眠と居眠り、時間意識、日常生活、東日本大震災後の避難所生活、清潔感、ゴミ分別、ジェンダー、などです。

2. 日本学を選んだきっかけ

高校時代、どの大学で何を学べるかという情報が載った冊子をもらいました。ページをめくり、日本学というものを見つけ、そこには「特に、社会学と文化人類学を中心にする」と書かれていました。私は日本についてほとんど何も知りませんでしたが、常に他文化に興味を持っていたので、父に「日本学を勉強したい」と伝えました。すると父は「お前は気が狂ったやろ!」と言いましたが、むしろそれは私を後押ししました。

彼が言いたかったのは、法律や経済、あるいは教師になるなど、安定したよい仕事に就けるような勉強をすべきだということだったのです。このように考えていたのは私の父だけではありません。実際、会社の雇用主(あるいは就職支援サービス)は、このような難しい科目を勉強することで得られる多くのスキルを理解していません。日本学は「蘭の分野」と呼ばれるように、エキゾチックで美しいけれど、(栽培は)難しく、実用的でも役に立つものでもないと考えられていたのです。

実はこの頃、理学療法士になりたいと思っていたので、初めは心理学を主に勉強しながら、夜間に希望者全員が受講できる日本語の授業を受けていました。他の科目もいくつか試しました。しばらくしてから、日本学に切り替えました。ウィーン大学のシステムはとても柔軟で、授業料を払う必要がなく、高校を卒業していればほとんどの学科に希望次第で入学できました。しかし、勉強は大変でした。多くの学生がすぐに転学し、私の学年は50人ほどいたと思いますが、日本学を卒業したのは2人だけです。

なぜか、日本学は「肌に合う」と思いました。日本研究で好きなところは、その内容が非常に多様であり、また日本について学ぶことが常に挑戦的であるというところです。研究をしていると、たくさんの人に会い、日本中を旅することになります。私は日本を訪れるのが好きです。人々は親切で信頼でき、食べ物はおいしく、文化はとても興味深く多様です。

もちろん、日本は災害も多く、生活にはストレスも多くあります。これらに疲れたら、私は「ひきこもり」をしたり、歴史的な資料を研究したりします。例えば、今は平安時代の睡眠に関する本を書いています。これはコロナのロックダウン中にはぴったりの選択でした。

3. 日本学の主な実績

私の主な研究テーマは睡眠でした。20年前に博士論文をもとにドイツ語で『(Keine) Zeit zum Schlafen? Kulturhistorische und sozialanthropologische Erkundungen japanischer Schlafgewohnheiten(寝る時間がない・ではない?ー日本の睡眠に関する考察)』(Lit 2004)を出版し、そこから更に一般向けの短い本『Wie die Japaner schlafen and was wir von ihnen lernen können(居眠りー日本人はどう眠り、そこから私たちは何を学べるか)』(Rowohlt 2007)を出版しました。「いねむり」に焦点を当てることで、多くの人の想像力をかき立てました。

後者は後に日本語とイタリア語にも翻訳され、『世界が認めた日本の居眠り』(CCCメディアハウス 2013)として出版されました。その他に、睡眠や居眠りに関する英語論文や、オランダの社会学者ロデヴァイク・ブロントとの共編著Night-time and sleep in Asia and the West (アジアと西洋における夜と眠り)(Routledge 2023)、Worlds of sleep (眠りの世界)(Frank & Timme 2008)なども出版しています。

最近、私は再び睡眠研究に戻ってきました。というのも、睡眠を研究すると、勤勉さや時間の使い方、家族関係など、他の様々なテーマも研究することになり、今だに私を魅了するからです。すでに述べたように、私は今、平安時代の睡眠に関する本を書いています。平安時代の文献や社会を理解しなければ資料を解釈することができないため、とてもチャレンジングで、時間がかかります。

また、来年出版されるBloomsbury Cultural History of Sleep and Dreamingのシリーズの編集者も務めています。このシリーズで、ヨーロッパとアジアを対象とした中世(600~1500年)の睡眠時間に関する章を執筆しています。このテーマに関する研究はほとんどなく、当時の人々は標準的な時間体系を持っていなかったため、挑戦しがいのある研究でした。ラテン語や日本語の文語、古い英語やドイツ語の一次資料に立ち戻ったり、アラビア語や中国語などの資料の解釈については同僚に助けを求めました。

英語及び日本語で書いた最近の論文には、3.11後の避難所での生活を調査したものがあります。私は岩手県山田町の龍昌寺にある避難所に滞在する機会を得ました。そこで観察できたこと、また避難所での日常生活について人々が話してくれたことについて「あとは、寝るだけ − 東日本大震災の避難所から安眠を考える」というタイトルで論文にしています。本論文は、『睡眠文化論 』(睡眠文化研究会編 2025年2月 淡交社)で出版される予定です。以前、トム・ギルとデビット・スレイターと私の共同編集で『東日本大震災の人類学』(人文書院2013)を出版し、本書では避難所における清潔感と日常生活の秩序に関する論文を掲載しています。

清潔さに関する疑問が私を魅了する理由は、当たり前のことのように感じられる清潔さの観念や習慣に、実は私たちが文化的に学んできたことが反映されているからです。私は最近、ゴミの分別と削減について研究しています。持続可能な環境の構築のためには、ゴミを減らすことは重要です。しかし、そのためには、人々が自分のゴミに関する行動にどのような意味を持たせているかを理解する必要があります。例えば、ゴミを分別して捨てるためには、さまざまな分類を理解する必要があり、また近隣の住民と協力しなければなりません。ゴミは感情的な問題でもあります。汚れや汚染は健康を害することもあれば、嫌悪感を抱かせることもあります。日本におけるレジ袋の課税導入に関する論文をすでに発表しているので、興味のある人はご覧ください。(https://www.whp-journals.co.uk/WW/catalog/category/social-life-of-plastic)。また、ゴミ分別やそれにまつわるご近所付き合いに関する本の執筆も続けています。

日本社会、あるいはどの社会を研究していてもそうですが、ジェンダーについての事柄を理解せずに、その社会を理解することはできないでしょう。ジェンダー研究は、社会学や文化人類学の最も革新的な分野のひとつで、人々に固定されたアイデンティティなど存在しないことを教えてくれます。ジェンダーのように、どんなアイデンティティも、私たちが「行為したり」「演じたり」するものであり、このパフォーマンスを通して常に構築されていくものなのです。私は学生たちと共に、ジェンダー研究に関する本3冊、Manga girl seeks herbivore boy(マンガ女子、草食系男子を追う)(2013年)、Cool Japanese men(クールな日本の男たち)(2017年)、Beyond kawaii(カワイイを超えて)』(2020年)を出版しました。これらは特に、各国の学生達に多く読まれています。

4. 日本学から日々の生活に活かせること

多くの学びを得たので、全てを挙げることはできませんが、興味深い人々や多くの文化的側面を持つ魅力的な国にアクセスできたことは確かです。私の研究は日常生活を扱っているため、私自身の「日々の生活」や、私が生活してきた国々の「日々の生活」を理解し、時に疑問を抱くのに役立っています。そして、「居眠り」の研究者として、オフィスで昼寝をするいい口実ができました(笑)。また、批判的に考え、書くことを学びました。

確かに、日本学の学位を取って、よい仕事に就くのは簡単なことではありませんでした。長い間、不安定な立場にいましたし、国際的なスケールで就職先を探さなければならなりませんでした。しかし、最終的にケンブリッジ大学に就職することができたので、そんなに悪い結果ではなかったでしょう。

5. 日本学に関心のある方へのアドバイス

日本学という分野は非常に幅広いものです。特定の学問分野ではなく、特定の国に焦点を当てます。そして、その国を理解するための方法論的アプローチは数多く存在します。そのため、学際的なアプローチを発展させるのに理想的な科目であり、よくある話や魅力的なナラティブに誘惑されることなく、データを非常に注意深く批判的に見ることができる、あるいは、そうせざるを得なくなります。日本学は、特に日本語を母国語としない私たちにとっては、最も複雑な言語のひとつをトレーニングの一環として学ばなければならないので、大変な分野でもあります。しかし、やりがいもあります。

日本学は職業訓練ではありません。ですから、最終的な教育としてではなく、学びのスタートとして捉え、皆さんが後にやりたいことの基礎になるものだと考えてください。そして開かれた心を持ち、自分のやりたいことを実現する手助けをしてくれるメンターを見つけてください。アドバイスに耳を傾けながらも、時に頑固に自分の道を歩んでください。あなたの人生ですから。

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