東京理科大学創域理工学部数理科学科の青木宏樹教授に、専攻とされている数学・数理科学に関するインタビューを行いました。数学・数理科学に関して学びを深めたいと考えている方や、青木宏樹教授と同じく数学・数理科学を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。また、専攻分野にかかわらず、研究者って何だろう、研究者になりたい、という学生さんにも見ていただければ幸いです。
青木宏樹(あおきひろき)教授のプロフィール
1991年、京都大学理学部入学。2000年、京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻修了。博士(理学)。立命館大学理工学部助手、京都大学数理解析研究所教務補佐員、東京理科大学理工学部講師、同准教授を経て、2022年4月より同大学理工学部教授。(2023年4月より、同大学理工学部は創域理工学部に名称変更。)数学・数理科学を専攻し、専門分野は保型形式。2008年度には在外研究員として1年間ドイツに滞在し、ジーゲン大学で研究を行った。
1. 専攻分野の選択から現在に至るまで
母親によると「小さいころ、教えられるものは何でも教えたが、数字には興味を示す一方で、運動や音楽はいくら教えてもできなかった」そうです。小学生のころにはすでに、周囲から見てもはっきりとわかる、いわゆる「理系人間」(というか「理系だけ人間」)になっていました。もちろん、得意科目は小学生のときからずっと、算数・数学でした。そのため、大学で理学部に進んだのは、当然の成り行きでした。化学や生物学にも興味があり、大学ではいろいろな講義を聴講したのですが、学部3年生になったときには、結局、一番興味が大きかった数学を専攻することにしました。
数学にもいろいろな分野があるのですが、研究室配属のときに選んだ分野は、複素解析学でした。高校では微分積分と複素数を別々に習いますが、大学では複素数の関数の微分積分が現れます。そして、一見複雑そうに思える「複素数の関数で微分可能なもの」のほうが、「実数の関数で微分可能なもの」よりも扱いやすいことがわかります。さらに、驚くべきことに、物理学や工学であらわれる実数の関数の多くが、複素数の関数に拡張でき、この扱いやすさを享受できるのです。このような複素数の関数の微分積分を扱う学問が、複素解析学です。
そして、研究室で指導教授からいただいたテーマが、保型形式でした。保型形式は、ある種の変換規則を満たす複素数の関数で、数学のさまざまな分野にあらわれ、物理学や情報科学にも関係する、かなり特別な複素数の関数たちの総称です。その詳細をここで説明することはできませんが、理系に興味のあるみなさんであれば、「フェルマーの最終定理の解決に保型形式(モジュラー形式)が使われた」などといった話を知っている人も少なくないと思います。実は、保型形式という用語をはじめて私が知ったのは、指導教授に研究テーマを与えられたときでした。
当時の私は、理系人間ではあったのですが、広く浅く知識を得ることで満足していて、数学の奥深い部分には、ほとんど立ち入っていなかったのです。(余談ながら、現在数学者として活躍している当時の同級生の多くは、研究室配属の時点ですでに、数学について自主的にかなり深いところまで学んでいたようです。)今から考えれば、300年以上未解決だったフェルマーの最終定理の証明に用いられたくらいですから、保型形式には先人たちの莫大な研究があり、とても簡単な気持ちで専門にできるものではなかったのですが、そのときの私は、何も知らなかったゆえに、「先生がそう言うのなら」と、保型形式を専門とすることにしました。
話が前後するのですが、大学に進学した時点では、私の希望進路は、研究者ではなく、中学高校の教員でした。学部として理学部、専攻として数学を選んだ理由には、興味ある分野を詳しく学びたいということだけでなく、教員免許がとれるという事情もありました。大学院進学の理由も、当時はあまり深く考えておらず、正直に言えば、学生生活が楽しいうえに、大学院に行くと教員免許のグレードがあがるから、というのが一番の理由でした。そして、そのため、大学や大学院の在学中は、塾講師のアルバイトなどに精を出してしまい、(自業自得ですが)そのぶん研究時間が減って、論文を書くのにはたいへん苦労しました。
それでも、数学を研究すること自体は自分にとってたいへん面白く、指導教授や、そのほか多くの先生のアドバイスを得て、なんとか博士論文を完成させて博士号を取得することができ、博士課程修了後は助手の職を得ることができました。今ほど厳しくはないものの、当時でも若手研究者に対しては任期制が導入されているところが多く、助手の任期満了後は職がすぐに見つからず、出身研究室に教授の研究費で雇用されたりしていましたが、その後、運よく、現在の大学に講師と採用していただき、今に至っています。
2. 専攻分野での実績
私は複素解析学を入口として保型形式の専門家を目指しましたが、保型形式は数学のさまざまな分野で用いられていて、多くの入口(研究を行う動機)と出口(研究成果の応用先)があります。それゆえ、その研究には、入口からとにかく奥に進んでいく方向(疑問を深く掘り下げる)と、出口を目指して進んでいく方向(他分野へ応用可能な成果を目指す)とがあります。
世の中の論調として、いずれの学問でも実社会への貢献がわかりやすい後者の研究が重宝される傾向にあるように感じますが、私の研究は、前者に相当します。ざっくりといえば、保型形式そのものを詳しく調べ、後者の研究を行う人のために理論を整備するというものです。
博士論文では、ある種の保型形式(種数2のジーゲル保型形式)の構造について、今までに知られているものとは違った手法で、それが簡単に決定できることを示しました。その後の論文のいくつかは、構造がまだ知られていなかった他の種類の保型形式でも同様の手法を通用することを示したものです。研究者となってからの私の最大の目標は、この手法が(ある条件を満たす)すべての保型形式に適用可能だという、自分自身で立てた予想を証明することです。最初は、成功は偶然だとか、無謀な予想だと言われたこともありましたが、私や他の研究者によってさまざまな例での検証が積み重ねられていくうちに、周囲の理解も少しずつ進んだようで、最近ではアメリカでの研究プロジェクトにも参加させていただくことができ、国際的な共同研究を経て、まもなく証明可能だという感触を得ています。
また、私の専門は保型形式ですが、研究室での学生指導においては、もう少し幅広く、複素解析学・代数学・応用数理といった分野を総合的に扱っています。これらの分野はいずれも保型形式と関係があり、私の研究に大いに役立っていますが、学生のみなさんには、保型形式との関係の有無にかかわらず、各自が興味を持ったテーマについて学んでもらっています。研究者にありがちな失敗として、研究に没頭すればするほど、有力だと思った1つの方法について深く考えすぎて思考の柔軟性が失われ、他の方法が見えなくなってしまうというものがあります。
私にとっては、研究室での学生とのゼミは、この失敗を防ぐよい機会になっています。また、ゼミのなかで、学生のみなさんから研究上の面白いアイデアが出てくることも少なくなくありません。以前には、学生が自らのアイデアをもとに優れた学術論文を発表したケースがありました。また、最近では、学生のアイデアを元に新しい研究をスタートさせて、私と学生たちとで(保型形式とは違うテーマで)共著論文を執筆したケースもあります。
3. 数学を研究して良かったこと
2つにわけて答えたいと思います。
3-1. 数学を学んで良かったこと
特に高校までにおいては、数学は論理的思考力を鍛える科目である(から全員学ぶ)とよく言われます。確かに、大学で数学を専攻すれば、論理的思考力と、それに基づく適切な判断力が身に付き、日常生活に生かせるでしょう。しかし、数学の効能は、それだけではありません。数学を学ぶことで、たくさん集められたデータに対する判断力もアップします。これは数的直観などと言われる能力です。
もちろん、大量のデータの統計的処理はコンピュータに任せればよいのですが、コンピュータで処理するほどではない規模の調査結果の判断や、異常値から入力ミスや調査環境の偏りを発見するなど、人の能力が必要となる場面も、まだまだ日常にはたくさんあります。さらにもうひとつ、数学を専攻すると、複雑な数式が怖くなくなります。まったくの個人的な話ですが、税金の計算はまさに複雑な数式であり、その仕組みを理解することで、セールスマンのポジショントークにとらわれず、自分自身の判断でライフプランを組み立てることができていると思っています。
3-2. 研究をして良かったこと
数学に限らず、大学で専攻できるほとんどの分野、特に理系分野は、全世界共通のものです。それゆえ、もちろん競争は厳しいのですが、研究をすればするだけ、世界中の同業者と対等に話をする機会が得られます。研究で世界各地に出張することができた結果、世の中をより広く知ることができ、また、それが楽しくなって休暇に海外旅行などに出かける意欲が湧き、ますますいろいろなことを知ることができました。若いころは「歩く理系」などと言われたこともありましたが(今でも言われているような気もしますが)、昔よりは英語を話せるようになり、世界史や世界地理、世界各地の芸術などにも興味が持てるようになって、老後の楽しみ(?)が増えました。
4. 専攻分野に関心のある方へのアドバイス
数学に限らず、大学に進学して学びを深めようという学生のみなさん全体に向けてのアドバイスになってしまいますが、「広く学ぶ」「深く学ぶ」「自分の持ち味を生かす」の3点を意識して、日頃の勉学に取り組んでほしいと思います。これらは一見、矛盾しているように思われるかもしれませんが、いずれも大切なことであり、自分の持てる時間・体力・気力などをうまくコントロールして、広くと深くを両立させつつ、自分の持ち味を発見してほしいと思います。
4-1. 「広く学ぶ」の重要性
これは自分自身の今までの学びについての反省になってしまうのですが、若いうちにもっと英語に取り組んでおくべきだったと思っています。私は、高校生のころまで、大学で理系に進めば、いわゆる文系科目とはおさらばできると信じていました。グローバル化が進んだ現代社会で、大学卒の能力を要求されながら英語を必要としないような仕事はほとんどないのですが、当時の私は、そのことに思い至らなかったのです。
研究者の世界でも、特に理系の学問では、ほとんどの分野でワールドワイドに研究が進められており、専門書も論文も国際会議も、完全に英語が標準語となっています。英語がもっとできていれば…と思うことは、今でも頻繁にあります。実際には、それどころか、外国人研究者とのコミュニケーションのなかで、歴史や文化について話す機会や聞く機会も少なくなく、文系科目のみならず美術音楽なども含めて、高校までに習うことで無駄なことはひとつもないように思います。
4-2. 「深く学ぶ」重要性
学問は、知識の詰め込みだけで終わりません。自ら設定した問題意識に立ち向かう研究者はもちろん、「どうしてできない」を解決してユーザーの要望に応える技術者や、「どうしてわからない」を解決して次世代に人類の英知を伝える教育者も、知識を武器に、自分自身の思考で「どうして」に向き合わないと、よい成果をあげられないように思います。自らが興味を持った科目・分野においては、自分が納得するまで、調べ、学び、考えることを繰り返してほしいと思います。
4-3. 「自分の持ち味を生かす」重要性
研究の世界では、論文に新規性(新しい発見)は必要不可欠です。基本的には、最初に発見をした人だけが研究成果を認められ、2番目以降ではだめなのです。つまり、研究者は、自らが専門とする分野においては、たとえとても狭い範囲であっても、「このことなら自分が世界で一番先を進んでいる」と言えなければなりません。そのためには、なるべく早い時期に、志を同じくする人たち同士で切磋琢磨し、自分の得意なことや興味を持てることを見つけて、それに磨きをかける必要があると思います。これは、研究者に限らず、多くの職業でも、貴重な人材として活躍できるための条件だと思います。
4-4. 理工学に関心があるのなら、東京理科大学創域理工学部がお勧め
実際、世の中の大学の評価は「学生のみなさんに、いかにこの3点を達成できる機会や環境を提供できているか」と、かなり一致しているように思います。そして、宣伝になってしまいますが、理工学に関心があり深く学びたいと思っているみなさんには、私の所属している、東京理科大学創域理工学部を、大いにお勧めしたいと思います。
「事物の本質を探究する理学とその知見を応用する工学の連携のもとに教育・研究を展開し、新たな科学技術を創造する」という理念のもと、教養教育も含めて「広く学ぶ」「深く学ぶ」を両立させ、理工系メインの大規模大学として、幅広い分野にわたる教授陣が「学生のみなさんの持ち味を生かす」べく、丁寧な指導を行っています。私の所属学科である数理科学科では、数学系(数学を深く学ぶ)と先端数理系(数学の広がり学ぶ)の2つの系と、代数学・幾何学・解析学・応用数理の4つの分野の組み合わせで、私立大学の数学分野の学科では最大級の規模を誇る教授陣が、みなさんの学習意欲に応えてまいります。
5. 数学を深く学びたい学生のみなさんへ
最後に、数学に限ったお話を、少しだけしたいと思います。たとえば、「大学では数学をより深く学びたいので、入学までに勉強しておくとよいことはありますか?」などいった質問は、少なくありません。しかしながら、数学は、多くの学問のなかでも歴史が長く、さらに、積み重ねの要素が大きいので、「これだけ学べば最先端」といった近道はありません。ただ、歴史が長いゆえに大学での教育カリキュラムは整備されており、ほぼ全世界共通といってよいほどに洗練されています。なので、細かなことは入学後にまかせ、入学前には、自分の興味にまかせて学びを進めてもらうのが一番だと思います。
書店には「数学セミナー」や「数理科学」といった、専門的な数学を解説する月刊誌が売られていますし、今ではネット上にもさまざまな情報があふれているので、トピック探しに困ることはないでしょう。それから、「コンピュータを使えたほうがよいですか」という質問も多く聞かれます。もちろん(数学に限らず何をするにしても)ある程度はコンピュータを使えたほうがよいに決まっていますが、基本操作さえできていれば、あとは、勉学や研究で必要になったときに覚えるということで十分だと思います。実際、数学の専門家のなかには、コンピュータにとても詳しい人から、コンピュータが苦手だという人まで、さまざまな人がいます。