【東京海洋大学 食品生産科学科 大迫一史教授】 食品加工学に関する学びをインタビュー

東京海洋大学 食品生産科学科 大迫一史教授に、専攻とされている食品加工学を中心にインタビューを行いました。食品加工学に関して学びを深めたいと考えている方や、大迫一史教授教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。

大迫一史教授教授のプロフィール

1992年3月に九州大学農学部水産学科を卒業後、同年4月に農学研究科水産学専攻修士課程に進学。農学部研究生を経て1995年4月より長崎県庁に入庁。1997年4月より長崎県総合水産試験場勤務。2007年4月より、東京海洋大学海洋科学部食品生産科学科准教授、2017年4月より同学術研究院食品生産科学部門教授。また、長崎県庁に在職時代、長崎大学大学院海洋生産科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。九州大学での学生時代は、甲殻類の生態、主に交尾行動に関する研究を行っていたが、その後、水産加工学、魚肉タンパク質、水産脂質の研究に従事。日本水産学会、日本食品科学工学会、日本冷凍空調学会の各会員。日本水産学会では10年以上日本水産学会誌、Fisheries Science誌の編集委員を務める。

経歴と専攻分野

九州大学の学生時代はモクズガニの生理・生態に関する研究を行っていました。モクズガニを川で採取し、それを飼育して脱皮に伴う成長を数式化するといった研究や、これを人為的に交尾をさせてその交尾行動を明らかにするといった研究です。現在の私からは分野が全く異なることをしていました。その後、長崎県庁入庁後は2年間、水産業改良普及所というところで水産業改良普及員の仕事をしていました。ざっくりと言うと、漁師さんのための何でも相談員といった仕事です。その後、長崎県総合水産試験場に転勤となり水産加工の仕事に携わることとなりました。ここでは、長崎県内の水産加工業者の方々の技術相談への対応が仕事全体の半分、長崎県特有の水産加工に関する課題解決のための研究が半分といった感じでした。長崎県内の業者さんと一緒に開発したした商品の中には、ワカメを溶解して麺状にした製品、地元の利用度が低い水産原料から製造する魚醤油、魚の新鮮な肉を原料にした茶漬けなどが代表作としてあり、これらを含むいくつかの商品が現在でも販売されています。また、研究においてはマアジを原料とした水産練り製品の品質向上に関する研究、アイゴ、イスズミ、ガンガゼなどいった藻場の海藻を食い荒らして環境被害もたらす生物の有効利用法の研究をしていました。そのような中、周囲からの勧めもあって、長崎大学水産学部で博士学位を取得しました。当時の水産試験場時代の上司、同僚の方々には大変お世話になりました。このように、長崎県庁の職員であった頃は色々なことに恵まれて大変有意義な日々を過ごしていたのですが、ここに10年以上もいると、宮仕えの定め、転勤への不安が大きくのしかかってきました。当時、3つくらいのテーマの研究を同時進行していたのですが、いずれも数年の時間を要するものでした。そうなると、「来年は転勤になるかも知れない。」といつも気にしながら研究を進めていかなくはなりません。そのことが大きな動機となって、現在の東京海洋大学に移籍しました。移籍先の食品加工学研究室の当時の教授は田中宗彦先生で、当時の日本の水産加工研究の世界を牛耳っておられました。ここでは、研究環境は当たり前のことながら、研究に対するスタンスもそれまでと全く異なりました。研究環境は、長崎県庁時代は人間的な付き合いと言えば、水産試験場の同僚、そして水産加工業者さんに限られました。ところが、大学に来ると、同僚である大学の先生方との付き合い、また、学生との付き合いが中心となります。大学の先生方はいずれもその道では名が通った有名な方々です。また、学生は日本人のみでなく、世界中から外国人が沢山集って来ます。殆どの外国人留学生は日本語が通じませんので、会話や研究指導は全て英語になります。また、研究者同士の交流も、国内のみならず、東南アジアをはじめとする世界中の研究者と付き合わなくてはなりません。宗教も、考え方も、食事作法も、細かいところを見ていけばありとあらゆるものが日本人と異なります。研究スタンスの違いも、私にとっては革命的でした。水産試験場の研究員であった頃は、事象を正確にとらえ、それを数値化することが最も大切でした。そうすることを積み重ねていくことによって、次に同じことにチャレンジしようとする人に資するからです。具体的には、「どの時季のマアジの脂の乗りがどれくらいか。」といったことです。マアジの漁獲日と、そのときに漁獲されたマアジの脂の乗り(専門用語では「粗脂肪含量」と言います。)がどの程度かを数値(粗脂肪含量が何%か?)で出し、その値を積み重ねていく。そのことによって、どの時季のマアジがどのくらいの価値があるか、また、どのような水産高品の原料として用いることができるか(開きの原料として使った方がいいか、蒲鉾の原料として使った方がいいか。)の目安となるのです。一方で、大学での研究は、事象を正確にとらえたうえで、なぜそのようなことが生じるかを明らかにすることが主眼になります。例えば、魚を焼くときに、熱をかけると身が白っぽくなるが、それはなぜか?タンパク質レベルでどのようなことが起こっているのか?焼くといい香りがするが、その香りの正体はどのような物質か?また、どのようなメカニズムでそのような物質が生成するか?といった感じです。水産試験場から大学に来て、あらゆることが衝撃でした。今も、このようなスタンスのもと、様々な水産加工品をテーマにして研究に取り組んでいます。

 

旧九州大学農学部3号館
東京海洋大学品川キャンパス
株式会社 蒲鉾の八木橋 HPより
学生との写真

食品加工学を選んだきっかけ

幼いころから川でエビやカニをとり、魚釣りをし、夕方遅くまで川にいるものだから母親が心配してよく迎えに来ていました。当然のように大学の水産学科に進学し、カニの研究で有名な研究室に入ったのですが、研究はあまりせず、専ら川にカニを捕まえに行っていました。修士課程に進学後、大学の教員に憧れたのですが、当時の研究室には3人もの博士課程の先輩がおり、その壁を乗り越えて教員になるのは難しいと考え、長崎県の水産試験場に入ることを目的に長崎県庁の職員となりました。当時の長崎県庁では、新規採用者がすぐに水産試験場の職員になるのは難しく、水産業改良普及所で、まず数年過ごさなくてはなりません。水産業改良普及所での仕事は、主に、漁業者のところを回って、様々な相談を受けることでした。私は島原半島の普及所に配属され、毎日のように漁師さんのところを回っていました。2年後に念願叶って水産試験場に赴任する事となったのですが、いざ蓋を空けてみると、カニを飼育する部署ではなく、水産加工に関する研究をする部署に配属となってしまいました。水産加工に関する研究をする部署は、知識も経験も無かったので、大きく落ちこみました。そんなこんなで、当初は嫌な仕事だったのですが、一日の半分を仕事で過ごすのに嫌では勿体無いと思い直し、好きになる努力をし、徐々に仕事が好きになっていきました。水産試験場は研究だけでなく、例えば、水産加工の部署であれば、水産加工業者の相談にも乗る。業者は、こちらをその道のプロと思っているので、何か相談されてきた時に「知りません」では済まされません。配属された当初、どうやって乗り切ろうかと考えていた時に、大学時代の同じサークルの医師になった先輩の言葉を思い出したのです。それは、医者は患者さんの病名や原因がわからない時は、とりあえず、生理食塩水などの当たり障りのないものを処方し、「これで少し様子を見て見ましょう」と言って、診察時間が終わった後、必死になって調べるというものでした。このやり方を真似、業者が相談に来て分からないことがあれば、とりあえず当たり障りの無い対策を勧め、業者が帰った後に必死で調べることにしました。このようにして徐々に水産加工関する知識を蓄え、数年後には何とか業者の相談に乗れるようになりました。また、一方で、所謂「研究」も進めていました。朝は誰よりも早く出勤し、業者の相談に乗りながら通常業務をこなし、勤務時間が終わった後、実験をしたり、論文を書いたりしました。水産試験場は夜の12時までしか居られないため、時計を見ながらギリギリまで研究をしました。時々12時を過ぎて警備員に迷惑をかけたものです。このように、私は始めから「水産加工が大好きだ!」であったわけではなく、与えられた環境を精一杯楽しく過ごす延長線上に「水産加工」があったという感じです。

加工センター

水産加工学の主な実績

これまでの実績として、200本以上の論文、200件以上の講演・口頭発表があり、50件以上の外部資金を獲得しています。ただ、なぜか、学会をはじめとして、受賞歴は一つもありありません。今では、このことが逆に自慢になっています。

これまでの実績として本当に他人に自慢できることは、沢山の学生が私の元を巣立って行き、各分野で活躍してくれていることです。学部学生は50名以上、修士学生は30名以上、博士学生は15名以上です。東京海洋大学では教え子2名が教員として頑張っています。博士学生には多くの外国人がいますが、卒業後、その殆どが母国に帰って大学の先生をしています。留学生の出身国は、中国、韓国、タイ、ベトナム、バングラディシュ、スリランカ、インドネシア、トルコ、インド・・・といったところです。短期間ですがブータンからの留学生もいました。たまに、元留学生のところに出張に行く機会があるのですが、行く先々で大宴会になります。

ベトナムの教え子訪問

食品加工学から日々の生活に活かせること

食品加工学は常に皆さんの身近にあります。皆さんが口にしている物全てが加工食品であるといって過言ではありません。例えば、今日の朝食はパンと牛乳だったとしましょう。パンはもちろん、小麦から加工してつくったものですし、牛乳は牛の乳を一旦加熱したものが出回ります。加熱も加工の一種です。夕食はどうでしょうか?ごはんと刺身。ごはんは米を炊飯したもの。すなわち加工したものです。刺身は生の魚を食べやすく切ったもの。切ることも加工の一つです。食事をしながら、口にするもの一つ一つについて、「どのような工程を経てつくったのだろう。」と想像を巡らせるのも楽しいことです。また、可能であれば、実際に自宅で原料からつくってみるのも楽しいですよ。私は、自宅で色々と試します。水産加工品で言えば、「かまぼこ」を最近、自宅でつくりました。樽に仕込んで押し入れに入れたまま忘れ去っていることがよくありますが、魚醤油もたまに造ります。このような楽しみとは別に、水産加工の知識は食べ物に関して様々な場面で役に立ちます。例えば、家庭で料理をつくり過ぎて困ったときなど、どのようにして保存すれば、おいしく長持ちさせることが出来るだろうかという場面はよくあります。これも食品加工学の知識があれば、解決できます。例えば、煮魚であればpHを低くするために少量の酢を添加し、加えて水分活性を低下させるために食塩と砂糖を増量する。念のためにアルコールとして日本酒も加える。こうすれば、冷蔵や冷凍庫が満杯のときでも暫くは常温で保管できます。食品加工学を学んでいれば、このような知識は自然と湧いてきます。私も、家でよく料理をつくるのですが、食品加工学の知識は常にフル活用しています。

食品加工学に関心のある方へのアドバイス

これまで述べてきた通りですが、食品加工学はヒトが地球上に生存している以上、切っても切り離すことができない学問です。ですので、学問として、食品加工学は将来的にも無くなることがない学問であると思います。このような意味では、華やかさは無いものの、非常に大切な学問でしょう。

これを読んでくださっている方々は、殆どが高校生だと思います。食品加工学に関心があるないにかかわらず、高校生に望むことは、とにかく目標に向かって走ってほしいという

ことです。高校生と言えば青春の真っただ中です。一つ一つの経験が将来に繋がっていきます。クラブ活動に3年間費やすのもいいでしょうし、恋人と楽しむのもいいでしょう。これらと同様に、毎日、机に向かってコツコツと勉強するのも青春の尊い姿の一つです。何でもいいから将来に向かっての目標を一つ立てて、それに向かってコツコツと走ってください。歩くのではありません。走るのです。たった3年か4年です。皆さんの年代で走るか走らないかで将来、大きな差がついてきます。走っていれば挫折することもあるでしょう。転ぶこともあるでしょう。いいんです。転んだら転んだまま走ってください。

私も暫く走るのを止めていましたが、また、新たな目標をつくって走っています。実は現在、ステージ4の癌を患っており、少しでも動くと苦しいのですが、苦しがってばかりもいられません。今まで蓄えてきた知識や経験を、できるだけ世の中に残しておこうと思って頑張っています。この原稿もその一環です。逆に、そのように、「私の知識を後世に残すのだ!」と頑張っていれば、少々体調が悪くても楽しく生き生きと毎日を過ごすことが出来ます。

喉の癌なので声が出ませんが、電気喉頭という喉に押し当てて発声する機械を使って授業をしていますし、100メートル歩いたら疲れて歩けなくなるのですが、杖をついて歩いています。癌のせいで鼻水が止まらないのですが、鼻の穴にティッシュを詰めて、マスクで隠して頑張っています。耳もほとんど聞こえませんが、これは読んだり書いたりすることには支障が無いので、つまり、知識を後世に残すことには支障が無いので、まあいいかとあきらめています。

皆さんが来られるのを大学で待っています。いつまででも待っています。私の研究室でお会いしましょう。

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