京都工芸繊維大学 工芸科学研究科の小林和淑教授に、専攻とされている工学を中心にインタビューを行いました。工学に関して学びを深めたいと考えている方や、小林和淑教授と同じ学問を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
小林和淑教授のプロフィール
1993年に京都大学電子工学専攻修士課程を卒業して、同専攻の助手になり研究者としての一歩を踏み出しました。学部時代からCMOS大規模集積回路(LSI)設計一筋に研究を続けています。LSIに限らず、パワーエレクトロニクスさらには現在のLSIを用いたノイマン型コンピュータの次を行く量子コンピュータまで研究分野を広げています。
ご経歴と専攻分野
1993年に京都大学工学部の助手となり、学部時代から続けていたコンピューティングインメモリ(CiM)の研究で1999年に博士号を取得しました。当時はPC向けのCPUの性能向上が著しく、CiMで少々計算速度等でアドバンテージを得てもすぐにCPUが追いつくような時代であったこともあり、早々にCiMの研究に見切りをつけ、その後はC言語を使ったシステムレベル設計、ばらつきを使った再構成可能回路(Reconfigurable Circuit)の性能と歩留まりの最適化(Variation-aware reconfiguration,VAR)の研究を行いました。VARの研究は世界で初めて提案しましたが、ほぼ同時期に同じような研究を始めた研究者もおり、人の考えることは似るものだと驚きました。2007年にLSIの信頼性をテーマにした研究費をいただいたこともあり、一時故障であるソフトエラー、永久故障を引き起こすBTI(Bias Temperature Instability)の研究をはじめ、現在も精力的に研究を行っています。2012年には京大の松波先生のご尽力で実用化にこぎつけた大電力向けのSiCトランジスタを制御するゲートドライバの研究も始めました。LSIが専門ということもあり、集積化が可能なGaN HEMTを使った集積回路(GaN IC)の研究もベルギーの研究機関のimecの協力で行っています。2022年には内閣府が掲げた10のムーンショットプロジェクトの一つである量子コンピュータのプロジェクトマネージャーに選ばれ、量子ビット(qubit)の制御とエラー訂正を行う集積回路に関する研究を先導しています。
工学を選んだきっかけ
いわゆるラジオを聴く少年で中学校時代は自分で家の屋根に上ってFMアンテナを建てて、オーディオ機器を使ってエアチェック(オンエアされた曲をカセットテープに録音する)をしていました。CDが発売された時期にも重なり、雑誌に掲載されていたラジオの送信方式や、CDの記録方式などに興味を持っていました。オーディオをやるなら電気電子という単刀直入な思い込みで、京都大学の電気系工学科に進みました。入学前は「音響工学」なる授業を楽しみにしていたのですが、すでにオーディオは研究対象ではなく、CDプレーヤの心臓部である集積回路が面白そうと、東芝から来られた田丸先生の研究室で研究を開始しました。当時は大学でLSIの研究をしているところは限られており、助手になるまではLSIの研究をしているのは我々だけかとの誤解をしていたほどです。
工学の主な実績
京都工芸繊維大学に異動する少し前から、JST CRESTの「ディペンダブルVLSIシステムの基盤技術」において、集積回路の信頼性に関する研究を始めました。それまでの研究の中心はディジタル集積回路でしたが、LSIが動くことは当たり前で、研究用途ではLSIを試作する意味があまりなく、研究内容をどうするか悩んでいる時期もありました。幸い、信頼性は測ることが重要視されているため、これは面白いと研究にのめりこみました。始めたのは放射線による一時故障のソフトエラーと、経年劣化現象の一つであるBTI(バイアス温度不安定性)です。ソフトエラーはアルファ線、中性子等の放射線実験が必須で、BTIも温度や電圧を上げた状態での測定が必須となります。現在では、集積回路の信頼性に関するトップカンファレンスのIRPS、半導体の放射線効果に特化したRADECSにおいて多数の発表を行い、研究を始めて15年経った2024年現在では、日本における集積回路の信頼性の第一人者と言えるまでになりました。その後、半導体で電力制御を行うパワーエレクトロニクス、量子コンピュータの制御とエラー訂正を行う研究も開始しました。研究内容の詳細はホームページ(http://www-vlsi.es.kit.ac.jp/)にて公開しています。
工学から日々の生活に活かせること
朝起きてから夜寝るまで半導体集積回路(LSI)のお世話にならずに過ごすことはほぼ不可能な時代になりました。LSIがどうやって動き、どのように社会が回っているかを知ることができます。また、LSIは戦略物資であり、それが紛争の素になるほど重要なものであることを知ることもできます。
工学に関心のある方へのアドバイス
集積回路は、IT化された現代社会になくてはならないものとなっています、トランジスタの誕生から70年以上、集積回路の誕生から50年以上が経とうとしています。40年前には数千個のトランジスタで構成されていたマイクロプロセッサは、2024年には100億個と世界の人口よりも多いトランジスタで構成されるまでに大規模化が進みました。そのおかげで、インターネット、スマホ、自動運転などが実用化され、今日のIT社会が形作られています。微細化が限界にきているといわれていますが、今後は微細化に頼らない設計技術が重要になってくるでしょう。