創価大学 文学部 人間学科の山岡政紀教授に、専攻とされている言語学を中心にインタビューを行いました。言語学に関して学びを深めたいと考えている方や、山岡政紀教授と同じく言語学を専攻としていきたい学生さんは、ぜひ最後までご覧ください。
山岡政紀教授のプロフィール
1985年筑波大学第一学群人文学類卒業。1989年筑波大学大学院博士課程文芸・言語研究科単位取得退学。同年筑波大学文芸・言語学系助手。その後、創価大学文学部講師、助教授を経て、2004年より創価大学文学部教授(現職)。その間、2000年に筑波大学より博士(言語学)の学位を取得。2005年度にカリフォルニア大学バークレー校に客員研究員として滞在。2019年度にインド・デリー大学セントスティーブンスカレッジに客員教授として滞在。現在、日本語用論学会副会長、公益財団法人東洋哲学研究所委嘱研究員等を務める。創価大学では大学院文学研究科人文学専攻博士課程、国際言語教育専攻修士課程、通信教育部文学部の担当も兼務している。
1. ご経歴と専攻分野、専攻分野を選んだきっかけ
現在、私は言語学、現代日本語学、語用論を専攻しています。
筑波大学の学生時代は学部から大学院の1年目まで現代日本語文法、特にモダリティ(話者の主観性の表現)を研究していました。大学院の2年目に当時の指導教官だった寺村秀夫教授が大阪大学に移籍されることになり、それを機に私自身も語用論研究へと方向転換を図りました。
というのも、モダリティの研究をしていたときから話者の意図が言語形式を経ずに聴者に伝達される現象が日本語には豊富にあることに気づいていたのです。例えば、日本語の動詞で意志を表す形式に意向形~ウ・ヨウがあります。「行こう」、「起きよう」といった形で意志を表します。しかし、会話のなかでは「A:どこへ行くの?B:図書館へ行く」や「A:早く起きなさい!B:はい、起きます」のように意志を表す形式を特定できない意志表現があります。それぞれの発話の主語も省略されているが十分伝わります。このように言語形式には表れない意味伝達、そしてそれが成立するための論理的なメカニズムに関心の中心がシフトしていたのです。それゆえ私が語用論領域の研究に踏み込んだのは自然なことでした。
語用論(pragmatics)とは言語コミュニケーションにおける意味伝達を、文脈、前提、発話参与者、社会通念など、言語を取り巻くあらゆる情報を考慮に入れて探究する部門です。言語学の他の部門(統語論、形態論、音韻論、語彙論等)が言語の素材の各側面を探究するのに対し、語用論は言語コミュニケーションの総体そのものの探究に当たります。ただ、後発の部門であるため理論基盤も方法論も発展途上でした。社会学、人類学、心理学など他分野の知見も必要な学際領域でもあり、言語学のこれからを担う新しい部門として決して容易ではないけれども魅力を感じてこの分野に進み、今も取り組んでいます。
2. 言語学、現代日本語学、語用論の主な実績
私自身の研究実績は大きく二つに集約することができると思います。
一つは発話における対人的機能を概念化した「発話機能」の理論体系化を試みたことです(著書『発話機能論』くろしお出版、2008)。例えば、「地方で英気を養うのも悪くないと思うが、どうだろうか?」という発話の発話機能は会話参与者やその関係、文脈や状況などによって変わります。会社の上司が部下を応接室に呼んでの発話だとすればこの場合の発話機能は命令(転勤命令)です。このように一見恣意的のように見える発話機能を、発話の目的と語用論的条件を丁寧に記述することで論理的に体系化する作業を行いました。これは言語教育における機能シラバスや会話分析の分野で応用されています。
もう一つは「配慮表現研究」です。語用論の重要なトピックのひとつにポライトネス理論があります。人は誰でも他者に好かれたい欲求や他者に邪魔されたくない欲求を持ち、対人コミュニケーションにおいては自己と他者のこれらの欲求に配慮した様々な言語行動を取ります。これをポライトネスと言います。そして、ポライトネスが慣習化した言語表現が「配慮表現」です。
例えば、依頼が相手に与える心理的負担を軽減する配慮表現として、「もしよろしければ」「お時間があったら」など相手の状況に譲歩する前置き、「悪いけど」「申し訳ありませんが」など予め謝罪する前置き、「~てくれたら嬉しい」のように話者側の受益を強調する間接表現等々があります。他に、伝統的表現の「つまらないものですが」や「僭越ながら」も配慮表現ですし、関西人が使う緩和表現の「知らんけど」や若者が使う共感表現の「それな」や「あーね」も一種の配慮表現です。日本語の配慮表現研究の歴史を踏まえて定義を明確にし、収集した配慮表現を分類して明示した編著書を出版しました(『日本語配慮表現の原理と諸相』くろしお出版、2019)。
現在は科研費のプロジェクトとして、英語や中国語など他言語との対照を含む配慮表現データベースを作成すること、そして、そのデータベースをもとに『日本語配慮表現辞典』を編集し、出版することに取り組んでいます。
3. 言語学、現代日本語学、語用論から日々の生活に活かせること
配慮表現は日常生活のなかに満ちあふれるコミュニケーションの潤滑油です。と同時に変化と消長の激しい表現群でもありますので、世代差、地域差、性差など、さまざまなギャップがあり、ディスコミュニケーションのもとにもなりかねません。配慮表現の機能と用法を正しく理解することで生活もより豊かになるのではないかと思います。
4. 言語学、現代日本語学、語用論に関心のある方へのアドバイス
体系が明確で長年の研究の蓄積があると敬語表現と違って、配慮表現は多様性に富み、かつ実態が未解明の部分も多くあり、若手研究者や大学院生の研究テーマとして大いに注目されています。多くの若い方が我々の研究分野に参画して研究を進展させてくれることを願っています。